山本峯男さんは1907(明治40)年2月15日生まれ。
小田部さんは1903(明治36)年10月15日、新宮市で生まれ
た。先に渡米した夫・孝太郎さんと21歳の時に結婚しオレゴン州ポート
ランドに移住。その後、ロサンゼルスに移り住み八百屋を経営した。5人
の子宝に恵まれ、幸せな生活を送っていたが、第2次世界大戦ではコロラ
ド州のアマチ日系人強制収容所に収監された。
若い頃はよく働き、手芸と料理が得意だった小田部さんは、104歳に
なった今でも身の回りのことは自分でこなす。耳は遠いものの、何でも食
べ、薬一つ飲まず、足腰は丈夫で健康そのもの。記憶力がよく、特に戦前
のことは鮮明に覚えているという。好物はすしと刺身。孫7人とひ孫が8
人いる。
小田部さんは総領事夫妻の訪問に「わざわざ遠い所からお越しいただい
て、ありがとうございます」と感謝し、「みんなによくしてもらっていま
す。(100歳の表彰は)こんなうれしいことは今までなかったです。う
れしいです」と感激を素直に表した。
総領事の「長生きの秘訣は」の問いに「お茶漬けを食べること」と笑わ
せた。誰よりも大きな声で話す小田部さんの元気さに驚いた恵子夫人は
「声が大きいのは、歌でも歌っているからですか」と尋ねた。小田部さん
は「ハトポッポくらいです」と即座に答え、「ポッ、ポッ、ポッ、ハトポ
ッポー」1曲披露。祝状を授与された時も「ハッピーバースデー・トゥー
・ユー」と歌い出し、3日後の誕生日を自ら祝った。
在外公館における今回の祝賀対象者は合わせて67人。在サンパウロ総
領事館管轄の33人が最多でホノルル総領事館13人、ペルー大使館、ア
ルゼンチン大使館各4人、クリチバ総領事館(ブラジル)、サンフランシ
スコ、ロサンゼルス総領事館各3人、ポルトアレグレ出張駐在官事務所、
チリ大使館、リオデジャネイロ総領事館、トロント総領事館各1人となっ
ている。(潤、写真も)
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