平日の夜にもかかわらず約100人が集まった。村上さんは、南加広島
県人会や被爆者の会などの活動に敬意を示しながら、八歳の時の自身の被
爆体験、平和活動参加のきっかけ、被爆者と公言した心境、平和活動を若
者へ委託するたいせつさなどを語った。会場は、生の経験者の声に終始静
まり返り、時折目頭を押さえる参加者もいた。
一方、東京芸術大学を卒業後、奨学金を得てボストン音楽院に留学中だ
った古徳さんは、イラク戦開戦で米国人の友人が「遠い国でやっているこ
とで自分には関係ない。兵士はそれでお金をもらっている」と言ったこと
に怒りを覚え、今まで以上に反戦や平和を考え始めたと述べた。その後、
スウェーデンで手にした井上恭介著の「ヒロシマ—壁に残された伝言」を
読み深く感動。筆者に手紙を送ったことを機に、本に登場する村上さんと
出会った。以来、若者に平和運動を引き継いでもらいたい村上さんと使命
感に満ちた古徳さんは、各国でジョイント活動を続けている。
村上さんは平和活動を通じ、原爆投下を肯定的にとらえている米国や、
憲法にないにもかかわらず武力放棄に取り組むスウェーデンなど、国によ
り反応が違うことに触れ、「100人に平和を訴え100人が理解するわ
けがない。しかしそれでやめていいのか」。現在の社会を「暴走する車」
と表現し、「完全に停車させることはできないが、小さな力でもブレーキ
をかけ続けることでその速度を緩めることはできる」と訴える。
古徳さんは、武力を使わず分かり合えるという意味で芸術による平和運
動のたいせつさを訴えるとともに、「戦争経験者はもうあと数十年でいな
くなってしまう。若者であるわれわれが今立ち上がらなければ、同じ過ち
は繰り返される」と力説した。
2000年にスウェーデンで行った平和行脚で、講演後に1人の女性が
立ち上がり、「わたしはユダヤ人です。戦時中、ドイツにおりました」と
述べ、姉妹で平和活動を行っていると話した。村上さんに出会えたことに
感謝し、「わたしはもう若くない。これを持って平和活動を続けてほし
い」と、姉が作ったペンダントを差し出した。それから5年、村上さんは
それを古徳さんに手渡した。古徳さんは、「自分以上に平和を考えてくれ
る若者に出会った時、その人にペンダントをささげたい。それまでは私が
責任を持って身につけ、平和を訴えていきたい」。
非政府機関「Hiroshima Speaks Out」では、日英両語で広島の事実を伝
え、世界平和を訴えるとともにさまざまな資料を提供している。詳細は同
ホームページで—
http://h-s-o.net/
(中村、写真も)
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