大ヒットしたクッキーが、コピー商品に敗れアメリカ撤退を考えた。そ
の時出会ったユダヤ系経営コンサルタントから「アメリカ人のまねできな
いものを売れ」「すしだ」とアドバイスされる。「日本人の強みを生かせ
る」と確信を持ち、すしを軸にレストランに売り込み、成功。日本食を全
米に行き渡らせた。
「商品をただ売るだけではビジネスとはいえない」。「共存共栄」を重
んじ、自社、取引相手、消費者(社会)を念頭に置く。他国に物を入れる
には「文化として根付かせること」が持論。それを実行し、日本食文化を
海外に浸透させたと自負する。
幾度の失敗から多くのことを学んだ。「ビジネスにはリスクが付きも
の」。トラブルはそれら苦い経験があるから乗り越えられ、「逆境こ
そ、好機」と捕らえる。さらに、「経験は創作性を生み出し進歩させてく
れる」と力を込める。
「すしの先駆者」の次の狙いは「地酒」。「酒(SAKE)は あくまで
酒、ワインではなく、日本食には酒しか合わない」と言い切る。八十三歳
の今でも柔道で鍛えた体は健在で、日本出張を繰り返し講演や新たな商品
探索のため全国を奔走。疲れることもあるが、ビルマ戦線で死と向き合っ
たことと比較すれば何でもない。仕事が生きがいで、趣味でもある。生涯
現役を貫き、「世界の人たちにおいしい日本食を食べさせたい」
(潤、写真も) |