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第16回在北米被爆者健診医師団の総団長
医師 碓井静照さん


2007年7月14日



1937年、広島県広島市生まれ。
広島大学医学部卒業後、68年に医
学博士となり74年に開業。碓井内
科胃腸科医院長。2004年から広
島県医師会会長。核戦争防止国際医
師会議日本支部長、日本ペンクラブ
正会員、広島ペンクラブ会長。著書
に「ヒロシマ2001—『米の第一
主義』で遠のく核廃絶」(英語版
「Hiroshima 2001」)「宮本武蔵
考」など多数

 養老孟司さんをはじめ、医師でありながら
筆の立つ人は少なくない。しかし被爆者で、
医師、しかも物書きは珍しい。原爆投下当
時、爆心地から2.4キロ離れた牛田にい
た。屋外に立っていたためガラスは浴びた
が、建物の陰になり助かった。「考えてみる
と8歳で被爆して以来、ずいぶん放射能には
さらされている」。

 30歳のときは広島大学中央レントゲン部
勤務で、来る日も来る日もレントゲン検査。
冷房なしの部屋で夏、暑くなると鉛の防護服
を脱ぎ捨てた。53歳のときは旧ソ連のチェ
ルノブイリの原子力発電所事故を現場視察、
9年後にはコソボ紛争の劣化ウラン爆撃で破
壊されたベオグラードの病院あとにも立っ
た。冒険家ですね、と向けると「社会をよく
するための冒険」とおだやかな口調で正され
た。

 

 実家は浄土真宗の寺で父は住職だった。五人兄弟の長男で姉がいるが、
きょうだいの中で唯一、医学の道へ。「ほんとうは精神科医になりたかっ
た」。被爆体験が医師になるきっかけだ。

 今年、原爆投下から62年目の夏を迎える。前回の受診者総数435人
のうち、被爆2世は68人、被爆1世の平均年齢が75歳と高齢化してい
るのも現状だ。「『被爆者はどこにおられても被爆者』という考えで、国
の事業として今後も続けていく」。(大西、写真も)

 

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