

1937年、広島県広島市生まれ。
広島大学医学部卒業後、68年に医
学博士となり74年に開業。碓井内
科胃腸科医院長。2004年から広
島県医師会会長。核戦争防止国際医
師会議日本支部長、日本ペンクラブ
正会員、広島ペンクラブ会長。著書
に「ヒロシマ2001—『米の第一
主義』で遠のく核廃絶」(英語版
「Hiroshima 2001」)「宮本武蔵
考」など多数
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養老孟司さんをはじめ、医師でありながら
筆の立つ人は少なくない。しかし被爆者で、
医師、しかも物書きは珍しい。原爆投下当
時、爆心地から2.4キロ離れた牛田にい
た。屋外に立っていたためガラスは浴びた
が、建物の陰になり助かった。「考えてみる
と8歳で被爆して以来、ずいぶん放射能には
さらされている」。
30歳のときは広島大学中央レントゲン部
勤務で、来る日も来る日もレントゲン検査。
冷房なしの部屋で夏、暑くなると鉛の防護服
を脱ぎ捨てた。53歳のときは旧ソ連のチェ
ルノブイリの原子力発電所事故を現場視察、
9年後にはコソボ紛争の劣化ウラン爆撃で破
壊されたベオグラードの病院あとにも立っ
た。冒険家ですね、と向けると「社会をよく
するための冒険」とおだやかな口調で正され
た。
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