3月、小東京など5カ所で着物紹介
イベントを開いた、冨田伸明さん
2008年4月11日

1963年京都生まれ。18歳
で京都室町問屋に入り、着物の
商品・流通を学ぶ。27歳で独
立、「京香織」社長
亡くなった母の着物姿に憧れ、着物の世界に入った。「人の3倍がんば
りなさい」—死に際に母が残した最後の言葉を胸に、がむしゃらに突っ走
ってきた。
NHKの紅白歌合戦や人気テレビドラマ、映画、舞台、雑誌のための衣
装を手掛ける傍らで、日本全国と海外での着物イベントを精力的にこなす
多忙な日々を送る。年に計300日も家を空けることも。
台本に合わせて衣装をイメージする着物スタイリストが肩書きだが、理
想の色や柄が見つからず苦心した。「それじゃ、自分で作ろう」。今では
依頼の七割がデザイナーの仕事。予期せぬ才能を開花させた。
日本人の着物離れを嘆くが、逆に「着る時こそすてきになれる」と、常
にプラス思考を抱く。「着物は女性と同じで、自分が一番と思っている」
(冨田さん)が、その人の格好に合わせて作るのではなく、「着る人の心
に合わせて作る」が信条。「心で着てほしい」と思いを込める。
歌舞伎の衣装や十二単など伝統の着物作りに励んで古きを学び、流行の
着物を生みだしたり、斬新な帯の結び方の開発に生かすことで座右の銘
「温故知新」を実践。雑誌やテレビで作品を紹介し、最先端の着物をはや
らせることに胸を張る。
案ずるのは、年々減少する着物職人の数。日本が誇る伝統の技と着物文
化を守るためには、「職人を潤すことが大事」と切に訴える。しかし、頑
固でプライドが高い職人たち。いくら仕事を持って行っても、新しいアイ
デアを簡単に受け入れようとはしない。そんな「職人気質」を直すことも
仕事の1つ、と使命感に燃える。
多くの有名女優に衣装を提供するが、一番着せたかったのが亡き母。渡
米の機内で、大好きだった母が夢に出てきた。「人の3倍がんばって(認
められ)、アメリカに呼ばれるまでになりました。これからも人の3倍が
んばります」
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