第5回海外日系文芸祭の短歌部門で海外日系新聞
放送協会会長賞を受賞した
田中公一(たなか・きんいち)さん
2008年10月18日

1948年千葉県茂原市生まれ。
84年に渡米。アルハンブラ在住
雪面と薄日が造った我が影にそっと声掛けまた歩き出す
今年5月、加州ビショップに1人で山登りに行った際、途中で小雪がぱ
らつきはじめた。「なんだか急に心細くなって、自分を励まそうと山登り
をしながら初めて作ったのがこの短歌です」—
アルハンブラ在住の田中公一さんは、短歌を始めて5カ月。特にクラス
を取ったわけでも、会に属するわけでもない。すべて自己流だ。
短歌を始めた理由は、日本で1人暮らしする84歳の母親と共通の話題
を作りたかったから。「実家に帰ると、母が作った短歌を詠ませてもらっ
た。日本で私が使うジョギングシューズをしまいきれず、玄関に出したま
まになっている様子を描いた短歌などを詠み、その良さを知った」
また、現在勤める日系マーケットのオーナーが、2年ほど前に夫を亡く
して以来短歌をやめてしまった話を聞き、「私が作って詠んでもらうこと
で、少しでも励ましになればと思った」。
オーナーから「文字数は五・七・五・七・七」、母から「季語は必要な
し」と学んだほど、素人だった。
今では20以上作った。短歌を始め、物事を客観的に見られるようにな
り、情緒的になったと感じる。趣味で撮っていた写真でも、自然への感謝
の気持ちが増した。
短歌を作る時、自分の気持ちを強く入れすぎないよう心がけている。
「ほどよい程度に自分の気持ちをいれることで、詠んでいる人が自分に置
き換え想像することができる」。これも、自己流の考えだという。
受賞を知った時は驚いた。母親からの第一声は「本当にお前が作った
の?」。その言葉には、母としての喜びとともに、短歌仲間としてのライ
バル意識も見え隠れする。
田中さんに触発され、妹の準子さんも短歌を始めた。新しい作品ができ
るたび、3人はメールや電話で連絡し合う。「短歌を通じ、家族の距離は
確実に縮まった」
入賞を喜ぶ母の声躍り 瞬時伝わる親類縁者
これからは、3人での入賞目指し、さらに自己流で作品を作る予定だ。
(中村良子、写真も)
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