由紀は、ピンク・マルティーニのリーダーから「『スキヤキ』を歌った坂本九以来初めて、アメリカのビルボードに入った日本人で、ハリウッドボウルデビューを果たした日本の『バーブラ・ストライサンド』です」と紹介され、大きな拍手の中、着物姿で颯爽と登場した。最初に夕月を歌い、日本語の歌詞の意味を伝えようと、由紀は悲しく、切ない恋の終わりを辛い表情を浮かべて表現し、聴衆の心をとらえた。
曲の合間には、英語で堂々と「日本から来たサオリ・ユキです」と自己紹介。「ハリウッドボウルで歌えて光栄で今夜はベリー、ベリーハッピー」と、檜舞台を踏んだ喜びを素直に表現した。2年前に発表し、ピンク・マルティーニとコラボレートして世界的にヒットしたアルバム「1969」をすかさず宣伝し会場を笑いで包むと、決めのポーズ(口を大きく開けて、手を広げ、一本足で立つ)で、おどけて見せるなど、「コメディアン」としての本領も発揮した。
「Puff the Magic Dragon」は、米国人の誰もが知っている。親近感のある曲だけに一小節を英語で歌うと、釣られて手拍子と合唱が自然に沸き起こり、会場は一体となった。2曲を歌い上げ、大きな拍手と歓声に満面の笑みで応えた。由紀は、3夜連続でステージを務めた。
由紀、夢舞台に陶酔
「歌い手人生の中で最高」
19日のハリウッドボウルの夢舞台から一夜明け、興奮覚めやらぬ中で由紀は羅府新報のインビューに答えた。
由紀によると、ローダーデールは最近の音楽に興味を示さず、由紀がデビューした頃の1960、70年代の音楽を好むという。由紀は、日本伝統の童謡・唱歌の歌唱と伝承に力を入れており、両者の音楽性は一致。ローダーデールはまた、音楽において言語の壁を問題にせず、由紀と組む前から日本語の2、3曲をレパートリーに持っていたという。ピンク・マルティーニのファンも音楽に国境、言葉の障壁を何ら感じないため、由紀の日本語の歌を違和感なく受け入れ、世界20数カ国でヒットにつながったわけだ。
由紀は、世界的に流行する一般の音楽について「テンポがあり、ビートニックなものばかりで、ゆったりとし洗練された音楽は今はない」と指摘する。一方、自身とピンク・マルティーニのアルバムは「心が休まるゆっくりとした音楽なので、聴く人に通じたと思う。日本語だろうが、トルコ語だろうが、スペイン語だろうが関係ない」と強調する。
今公演でハリウッドボウルの舞台に立った喜びを「世界に名だたる場で歌えて信じられない気持ちだった。私の歌い手人生の中で最高の出来事で『夢が叶った』という感じ」
由紀は、姉の安田祥子とアラタニ劇場で童謡・唱歌の公演を5度行ったことがある。敬老ホームとあさひ学園を訪れ、歌を聴かせたことを懐かしみ「『心のふるさと』のような感じがする」と、再訪を希望している。今後は「ピンク・マルティーニのような自分のバックバンドができつつある。歌謡曲だったり、ジャズだったり、そういうテイストが演奏できるグループなので、またロサンゼルスに戻って来たい」と述べた。