奇麗に整備された厩舎に並ぶ手入れの行き届いた美しい馬。長い首を伸ばして柵の外に顔を出し、レッスンにやってきた障害のある生徒たちを黒く大きな目で見つめている。
午年の新年号では、障害者乗馬療法(Therapeutic riding)を受けている11歳の少女を取材した。生まれつき聴力と言語、知的障害、そして発育遅延があったが、誕生から7年もの間、正式な病名が分からないままだった。
後に遺伝子科の医師により判明した病名は、世界に50症例ほどしか確認されていない非常にまれな染色体異常「染色体7q欠損症」。治療法もなく、症例も極めて少ない。ご両親は、先の見えないこの不安な状況に、愛娘の将来を悲観してしまったと赤裸々に話してくれた。
そんな絶望的な日々を救ったのが、障害者乗馬療法との出会いだった。
その歴史は古く、古代ギリシャ時代に負傷した兵士のリハビリに用いられたことにさかのぼる。犬やイルカなどといったほかの動物を使ったセラピーと違い、乗馬療法には医療、教育、スポーツ、レクリエーションの4要素がそろっているのが特徴で、ドイツやイギリスを中心にヨーロッパや北米で広く利用されているという。
乗馬療法で筋力を鍛えることができ、少女の歩行のバランスは大きく改善した。インストラクターの指示に従い馬を動かす訓練から、コミュニケーション能力も高まった。障害があることで、今までは参加できなかったスポーツ体験ができた。平凡だった日常生活の中に、初めて心待ちにする「趣味」ができた。そして、身の回りの世話をしてもらうばかりだった彼女に、初めて世話をする愛おしい相手ができた。
セッション終了後、お世話になった馬にニンジンをあげている彼女の満面の笑みを見た時、言葉や説明などいらないと思った。障害やセラピー、馬の知識がまったくなくとも、彼女のあの満面の笑みが、乗馬療法の効能すべてを証明している。あらためて、動物の癒しの力を実感した。【中村良子】