日本語族の妻帯者諸兄! 奥さんのことを「うちの愚妻が」とか「これ、うちの愚妻で」と人に紹介したことがありますか。
 「自分の奥さんが愚かだ、なんて思っちゃいない。結婚すれば夫婦は一心同体。昔のストイックな武士は愛する妻のことを謙虚に『愚妻』と呼んだんだ。いかにも日本人らしい『奥ゆかしい』(Modest)表現じゃないか」
 などと、講釈でもしようものなら、淑女たちはまるでトランプ次期大統領のセクハラ発言に集中砲火を浴びせるような勢いでこうまくしたてるでしょう。
 「『愚妻』なんて、死語よ。男尊女卑の残渣(ざんさ)よ。今はあなたのような高齢者しか使わないわよ。アメリカでは自分の奥さんのことをビューリフォー・ワイフ(Beautiful wife)って人に紹介するのよ」
 「愚妻」の源流は中国にありやと、中国人の書法の先生に尋ねると、「『愚妻』っていう表現は中国語にはないね。『荊妻』*とか『拙荊』という表現はあるが、いまどきそんな表現を使ったら軽蔑されるのがオチ」。
*後漢の詩人・梁鴻は娶った容姿の醜い新妻・孟光がつけていた質素な荊のかんざしを歓び、人に紹介するときに使った表現が始まり。「荊妻豚児」という表現がある。(孟光荊釵)
 中国からの伝来でないとすると、「愚妻」という言葉に秘められた日本人の「奥ゆかしさ」はどこから来たのか。
 「謙譲語」を逆から、つまり「褒め言葉」から考えるヒントを提供してくれたのはユダヤ系米人女性。
 「アメリカに移住してきた私の祖父母は人の赤ちゃんを見て『Beautiful baby』とは決して言わなかったわ。褒めると赤ちゃんから幸運が去っていくから、ですって」
 褒めると「幸運が逃げていく」。武士は妻を「麗しき妻」と歯の浮くような表現で褒めずに、あえて「愚妻」と呼んだのは最愛の妻から幸運が逃げないためだった?(こじつけですけれど)
 ちなみに、Weblio(オンライン和英辞書)では「愚妻」を英訳すれば、味気なく「Wife」。
 逆に「Wife」の和訳は「妻」「女房」「細君」「主婦」「人妻」。「愚妻」は完全に抹殺されています。念のため。【高濱 賛】

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