2019年4月にらサンタモニカのモス劇場で演奏するす馬渕さん

ロサンゼルスで活動を始めて以来、熟達の技術とエキサイティングなステージプレゼンスで名声を高め、熱狂的なファンを獲得しているジャズピアニストの馬渕侑子さん。ハートから溢れた感情が瞬時に音となり、指先から繰り出される。歌も歌う。

 センセーショナル、魅惑的、最高品質のジャズ演奏、と称賛の形容詞が並ぶ馬渕侑子さんにインタビューした。

【長井智子】

 ユウコ・マブチ・トリオとして活動し、オリジナル曲のほか、ジャズの名曲や日本の曲をアレンジした演奏を聞かせる。これまで4枚のアルバムを録音。2017年にヤーランレコードから発売したライブ盤「ザ・ユウコ・マブチ・トリオ」がオーディオマニアのチャートでトップになり、さらに、昨年発売されたライブ盤「Yuko Mabuchi Plays Miles Davis」が2019年の年間ベストアルバム賞に輝いた。 

マイルス・デービスに捧げたアルバム録音が年間賞を受賞

 「このアルバムは、今は亡くなったマイルス・デービスにささげるトリビュートで、ネーティブDSDというオーディオマニアの組織の年間賞に選ばれました」と馬渕さん。録音は、ディズニーコンサートホールを手掛けたことで知られる永田音響が設計をしたUSCのカミレリ・ホールで行われ、観客のいる実際のコンサート上で音と映像の一発録りを敢行した。ハイレゾ(高音質)のアナログ盤が、音に厳しいオーディオマニア(オーディオファイル)の耳を満足させた。

ジャズの魅力は即興演奏 自分なりに編曲することも

羅府新報のインタビューに応えてジャズ演奏の魅力を語る馬渕さん。
 ―ドラムスのボブ・ブレットンさん、ベースのデル・アトキンズさんとプレイしていますが、演奏の中で何割ぐらいが即興演奏なのですか。
 「すべてです。ジャズのコンサートで見せる魅力はインプロビゼーション(即興)の演奏にあります。基本のメロディーと基本のコード進行によるテーマでスタートし、インプロビゼーションの演奏でそれぞれのプレーヤーの技量を発揮し、また基本のテーマに戻る、というのがジャズの基本形。そのアレンジは各人さまざまですが、私の場合は、その基本テーマの部分でも自分なりの編曲で弾くことがあります。
 古くからあるスタンダードナンバーを全く新しいサウンドで聞ける、そのアレンジの妙もジャズコンサートならではで、1回1回のコンサートは全て違います。3人のトリオではお互いに耳を傾けて、トリオが演奏していく瞬間、瞬間、瞬間…でどれだけ良いサウンドを出して聴衆に聞かせることができるか。これが演奏の醍醐味(だいごみ)です」
 ―即興の要素が大きい中で、よい演奏をするために何か工夫をしていますか。
 「演奏中は間違えた音を弾かないように注意しながら、本当に集中しながら、良い演奏に仕上げるために、1曲1曲を弾いています。と同時に、お客さんがどれほど楽しんでくださっているか、ということを考えながら演奏を進めています」

 

時間かけてもやり続ける 本場アメリカで夢かなえる

 福井県出身。4歳でピアノを始めクラシック音楽の教育を受けたがジャズに転向。2010年から勉強のためロサンゼルスに移住した。
 ―10年に渡米し、13年から現在のトリオを組み、その後2年ほど日本で活動しましたが、その時の経験は今の演奏に何か影響を与えましたか。
 「福井、大阪、東京で演奏しました。ミュージシャンの仕事には演奏面だけでなく音楽ビジネスの側面もあり、日本ではそこを一人でするのは大変でしたが、仕事面で自立するための多くのことを学んだと思います」
 ―音楽の世界で米国でのブレークスルーを目指している日本人に向けて、何かアドバイスはありますか。
 「ここでやっていくには、とにかく時間がかかります。日本でミュージシャンとしてやっていくだけでも大変ですが、こちらではもっといろいろな問題にあたらねばならないでしょう。でも自分に自信が持てることがあって、それを表現したい、人にお見せしたい、という信念があるならば、どんどん進むべきだし、こちらに来て挑戦するべきです。それは音楽だけでなく、全ての分野にに言える事だと思います。そして、時間がかかってもやり続けることがとても重要です。これは、自分がどれほど好きなのか、どれほど自信があるのかを試される、ということだと言えます」
 「私は小さな福井で育ったのですが、ジャズの世界においては米国が本場なので、大阪や東京を拠点にするよりはアメリカに来て勉強をして、仕事をするまでになりたい、という夢がありました。同じような夢を持つ人にはぜひ挑戦してもらいたいです」

ビブラート・グリル・ジャズで演奏するトリオ

着物をステージ衣装に 良いイメージで日本を代表

 ロサンゼルスにはすてきなジャズハウスが何軒もあるが、トリオは先ごろ、グラミー賞受賞ミュージシャンのハーブ・アルバートが経営する有名ジャズレストラン「ビブブラート・グリル・ジャズ」で録音ライブを行った。幻想的とも言える雰囲気に包まれたステージで、馬渕さんは日本の着物と帯をアレンジした衣装を身につけていた。
 ―日本的なステージ衣装を身に付けるようになったのはいつから、また、どんなきっかけですか。
 「日本では和服を着て演奏することを考えたことはなかったのですが、アメリカで気付いた日本の美、日本の素晴らしさ、日本人との出会いを通じて、考えが変わりました。日本の伝統衣装を着て演奏できる機会があるときは1回でも多く身につけて演奏して、良いイメージで日本を代表したいと思います」
 ―ジャズピアニストとしてプレイするとき自分の日本人のアイデンティティーは意識しますか。
 「はい、いかに自分の個性を出せるか、自分の音楽に表現できるかを考えています」
 ―LAや南加には大きな日本人と日系米人のコミュニティーがありますが、普段、接点はありますか。
 「実は、あまりなくて、今回のビブラートでのコンサートに初めて日本人のお客さんが数人見えてくれていて、本当にうれしかったんです」
 ―最後に羅府新報の読者にメッセージをお願いします。
 「まだロサンゼルスで活動を本格化して数年ですが、これから日系のイベントなども含めて皆さんにお会いすることができたらと願っています」

ボブ・ブレットン(ドラムス)、デル・アトキンズ(ベース)、馬渕侑子(ピアノ)

ライブの瞬間が大好き 鍵盤に舞い降りた天使

 「ライブの瞬間が大好き」と言う馬渕さん。ステージがエンディングに向い、ミュージシャンの演奏がヒートアップし、ドラムの音が大きくなってくると、馬渕さんが拳を振り上げて鍵盤をたたく一コマも。馬渕さんの音楽を一言で表すのは難しいが、ミッチェルさんはそれをインスパイヤリングと言い、他の誰かはそれをエキサイティングと呼んでいる。鍵盤に舞い降りた天使は暴れ狂う時でも清らかなバイブで心に訴えかけてくる、取材を通して馬渕さんの音楽をそのように感じた。
 競争の激しい米音楽業界で勝負をかけブレークスルーに努力を続けてきた馬渕さんの熱狂的なファンベースはアメリカ人のジャズファンやオーディオマニアで、まだ在米の日本人にはあまり知られていない存在だが、これからのますますの活躍、そして日系人のコミュニティーでも演奏する機会が増えれば、日系のファンベースも大きくなっていくことは間違いない。
 今月には北加サンノゼのジャズウィーク(14〜29日)への出演(22日午後7時半)が決まっている。また、今回ビブラートで録音された音源は、春から夏にかけて発売される予定である。

「アメリカ人よりも上手」 プロデューサーの目
  馬渕さんのプロデューサーは、ジャズピアニストとして著名なビリー・ミッチェルさんである。ミッチェルさんの演奏はこれまでに残した多くのジャズレコードでの録音で聞くことができるが、ミュージシャンとしての活動の傍ら、音楽制作、若いミュージシャンを育てるためのさまざまな仕事にも関わっている。ミッチェルさんは、「彼女のピアノプレイには特別な輝きがある。人々を気持ちよくする力、考えを純粋にほとばしらせる力を持っています。聞き手の感情や魂を揺らす力は、音楽学校では習うことのできない能力です 」と言う。
 ミッチェルさんが馬渕さんについて質問に答えた。
 ―アジア人だから、女性だからということで差別を受けたり、難しいと感じたことはありますか。
 「ジャズ界に偏見や思い込みが全くない、とは言いません。でも、アメリカ人だったとしても、LA出身というだけでNY出身のジャズミュージシャンより軽く見られる、などの態度に出会うこともあります。でも、このような偏見も今は昔より少ないと思うし、何より大切なことは、それが、あなたが活動を止める障害や、諦める理由にはならない、ということです。音楽はボーダレスで、ジャズも昔はアメリカの音楽でしたが、今は国境のない音楽となっています。今は世界中のミュージシャンがジャズを演奏していて、アメリカ人よりも上手なミュージシャンがいますよ」と、笑顔で馬渕さんを見つめた。

笑顔を見せるプロデューサーのボビー・ミッチェルさん(右)と馬渕侑子さん

 ディスコグラフィー
Waves(Vista Record 2011)
My Life(Vista Record 2014)
The Yuko Mabuchi Trio(Yarlung Record 2017)
Tribute to Miles(Yarlung Record 2019)

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