西村秀二さんは1972年兵庫県生まれ。現在サウスベイ在住。99年に来米し、グラフィックデザイナーの仕事のかたわら作品制作を続けてきた。2007年に始めたチョークアートでは、パサデナの路上に絵を描く「パサデナ・チョーク・フェスティバル」を始めさまざまなコンテストで受賞歴がある。写実に徹し、写真にどこまで近づけるかをチョークアートで追及し、大型の作品をこなす西村さん。舞台の壁面にもためらいはなかった。
西村さんの作業は25年前に描かれた古ぼけた旧画を消すところから始まり、背丈より高い波やしぶきをダイナミックに描き上げた。開始から約2週間たった、完成間近の1月末には全体の仕上げにかかっていた。壁画の一部にスポンサーのJBAのロゴと「アマビエ」をていねいに描き入れている。アマビエとは何か。アマビエは日本に伝わる海の妖怪であるが、新型コロナウイルスのパンデミックが始まった昨年、日本では疫病退散のお守りとして一躍人気者となった妖怪キャラクターだ。100年に一度のパンデミックの終息を祈念し、海に近いロングビーチの日系文化センターに寄贈するのにふさわしい、素晴らしい壁画が完成していく。ただ一つ残念なのは、パンデミックによるセンターの閉鎖が続くため、舞台壁画のリニューアルを華々しく披露できないことだ。
ここLBJCCは日本語学習と日本文化の拠点として長くロングビーチの日系コミュニティーに貢献している。戦前に日本人の漁村として栄えたターミナルアイランドが近いこともあり、一時は近隣に多くの日系人が住んでいた。今では大分少なくなったというが、それでも300家庭の会員を有し、「パンケーキ朝食会」には100人を超えるメンバーが集まる。日本語学校(田辺美保子校長)のほか、剣道、柔道、空手、書道、生け花などのクラスがある。西村さんが背景をリニューアルした舞台は、例年であれば日本語学校のスピーチコンサートやスキット発表会、夏のフェスティバルやさまざまなパーティーでの出し物のために使われる。だが、パンデミックのため施設は昨年から閉鎖している。日本語学校もオンライン授業が続くという状況にある。そんな憂鬱の中で、JBAのグラントを受賞したことは、LBJCCに明るいニュースをもたらした。
教育文化部会JEG代表の林隆人さんはLBJCCからの申請について「日本の文化、日本の絵画を地域の人に見て理解してもらえる壮大なプロジェクト。申請書を見て感心した。著名な日本の芸術画が文化センターの会員と地域のコミュニティーを元気にするというコンセプトが素晴らしく、文句の付けどころがなかった。ぜひ支援したいと思った」と北斎プロジェクトを絶賛した。
このグラントの元となる資金はJBAからの予算ではなく、教育文化部会が主催する毎年のチャリティーゴルフの収益から捻出されている。部会員の教育支援への思いは熱く、ゴルフ大会運営の努力で集めた寄付金で地域コミュニティーに教育支援が行われている。
2020年は新型コロナウイルスで想像もしていなかった生活となり「支援はどのような形でできるのか」と憂慮された。だが不安とは裏腹に、教育の現場からは学校閉鎖で行事は全てキャンセルという状況下でも可能な教育のアイデアが考え出され、今年度もたくさんの申請があったという。20年度の文化教育部会長を務めた河合沙也さんは「生徒たちに学びの場を提供し続ける現場の教育者や先生たちから、多くの感銘を受けた。われわれも大変励まされた一年となった」と振り返る。
グラントの承認を受けて、西村さんが提示した北斎の3種の図案の中から、LBJCC理事会が最終図案を決定した。ジェイ・シャヒーン理事長は「波の中に船に乗った人物が感じられるところが良かった。これが北斎の最も有名な作品だったとは後から知った」と話す。
作業開始から2週間。壁画が完成した。
LBJCCのシャヒーン理事長は「何といっても美しい。訪れる人を感心させる日本画がここにあるということは、日本語学校にとっても文化センターにとっても大変貴重だ」と喜び、「グラントをいただけて幸運だった。JBAの素晴らしい活動を話題にし、何かの方法で恩返しをしていきたいと思う」と感謝を表した。
JEG代表の林さんは、「今後も新型コロナの大変な状況がしばらく続くとしても、教育文化部会のコンセプトは変わらない。この環境下で知恵を絞って、地域に貢献、日本文化の浸透を実現していきたい」と2021年度の活動の抱負を述べた。
西村さんは「今後ももっといろいろな形で描いていきたい。建物の外、中を問わず、ぜひ描く機会をいただけたら」と意欲を示した。西村さんの目を見張る作品はフェイスブックで見ることができる。また、小東京に近いアート地区マテオ通りにあるレストラン「Art and Fish」の外壁にも西村さんが描いた壁画がある。【長井智子、写真も】