毎年七夕が来るとLAに移り住んできた日のことを思い出す。
 40年ほど前、大学卒業後3年間働いた日本を後にスーツ姿でLAXに到着。今考えればなんでスーツなど着てきたのかと思うが、こちらで仕事を始めるということも考慮、持って行くより着ていったほうが楽だと考えた次第だ。
 転がり込んだのはサンタモニカの浜辺から11ブロックのところにあった友人のアパート。数日住んで驚いたのがその涼しさ。アパートの中で何もせずソファでくつろいでいたら、足の爪先が冷たくなった。梅雨を抜け出て着いたこの気温に、びっくり。今はバレーに住んでいて、湿度は少ないが昼間は30度くらいまで上がるのでずいぶん違う。
 別の友人がモントレーパークに住んでいてお邪魔した際、その友人が部屋に入るなり「今日は100度くらいあるんじゃないか」と言って、「何をオーバーな」と思ったら、カ氏での温度だったと後で分かり一人苦笑した。今ではより細かな温度変化が分かるカ氏のほうがここでは便利に思う。ただ、水が0度で凍り100度で沸騰するというのはより科学的?
 スーパーに買い物に行きそこそこのものを買い、レジで紙袋にほぼ一杯に入った合計が20ドルに達しない。昨日トレーダージョーズに行って2袋分の食品などを買って80ドル強。中身が違うので一概に比較はできないが倍以上になっている。
 LAタイムズの日曜版は何より情報が満載で必ずゲットしていた。日常の出来事はもちろん、必需品の購入やイベント情報、映画やコンサートなど、なくてはならない情報紙だった。当時は日本の新年号の倍くらいの厚さで5センチはあり、ぶったまげた。でもかなりの部分が広告などのページだったのも事実。時代の変化による部分が大きいが最近の日曜版は、1センチほどの厚さに様変わり。情報はほとんどすべてがオンラインで間に合うご時世。変われば変わるものだ。
 いまは3・50~4ドルくらいのガソリンは当時、70セントくらいだったと記憶している。
 …それで七夕だが、その後少しして、ひこ星は織姫と出会い、ロサンゼルスでしあわせに暮らしている、とのこと。【清水一路】

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