1964年のオリンピックの立候補地は、デトロイト、ウイーン、ブリュッセル、そして東京の4カ所でした。
それまでは欧米でのみ行なわれており、アジアで初めてのオリンピックを開催するために日本の招致委員会が声を掛けたのが、ワシントン州生まれで青果業を営むフレッド和田勇さんと正子さんのLA在住の夫婦でした。和田夫婦は自費で南米に行き日本支持を訴えました。そして、そのロビー活動の成果が実り、前回の東京オリンピックの開催が決定されたのです。
日系社会に誇りと自信を取り戻したいという情熱が、多くの人の心を動かした結果でした。私たちは、こんな先人たちのおかげで今の日本や日系社会があることを決して忘れてはならないのです。今回の東京オリンピックが決まった時、フレッドさんはすでに亡くなっていましたが、奥様の正子さんが非常に喜んでいたと聞くと胸が熱くなります。
そして2021年7月。57年ぶりの東京でのオリンピック・パラリンピックが始まりました。ベランダから見える国立競技場に上がる花火や、空中に浮かび上がるドローン群を見ながら、テレビでは八村塁さんが日本選手団の騎手を務め、王貞治さん長嶋茂雄さん松井秀喜さんが現れたことに驚き、テニスの実力だけではなく、世界中に多様性のメッセージを投げかける大坂なおみさんが、最終ランナーとして聖火に点火をする感動的な開会式でした。
メダルに使われる材料は、古い携帯電話や家電から集めた回収素材。表彰台は、廃棄プラスチックの再利用。太陽をモチーフにした聖火の燃料は、水素が史上初めて使われています。 開催の意義が問われる大会になっていますが、私たちは今一度、57年前の真実を知り、平等の精神、助け合いの心、平和の象徴に情熱を注いできた日本人や日系人たちの歴史を深く勘案する必要があるはずです。環境に配慮し、分断のない多様性を認める社会。そして東日本大震災からの復興。やめることは簡単ですが、大切なメッセージを伝えるためにも開催することには大きな意味があったことに気が付きました。【朝倉巨瑞】