コロナ時代に突入した昨年から、われわれはモニター越しの対面を始めた。コロナ渦で飛躍的に普及した通信手段だった。私もたくさんの出会いを体験した。対面して知り合うより、もっと意味があるかもしれない。
 1年ほど前、某プロジエクトで知り合った仲間たち。以来、オンラインのみで交信し、実際に対面したのは、つい先週末に開催された有観客イベントで、知り合ってから1年以上経過してから初対面という現象が起きた。通信ソフトは相手の顔から胸元くらいまでしか見えないZOOM。ニュースキャスターがスーツの下は短パンといういでたちで、誤って立ち上がってしまい放送されてしまったなんて笑い話もあるくらい、画面の外では何が起きているか分からない世界だ。
 小さな画面の中の仲間たちしか知らなかったが、会う前から人物像は出来上がっていた。だが実際のところ、1人は背丈もありがっちり体型の輩(やから)と思っていたら実は小柄で、しかも少し猫背。身長170センチの私より小さい感じだった。もう1人は腕に入れ墨のある強面(こわもて)のごつい感じだったが、本物はぜい肉もない引き締まった体のサッパリした男性で、共に予想を大きく覆された。第一印象や先入観とは、怖いものだ。
 確かに声質も性格も同じだし、話し方が違うわけでもなし、2人が放つオーラや受ける印象は全く変わらなかった。そう考えるとインターネットは無法地帯ではなく、出会いの宝庫であり、無限の可能性を秘めたツールだということに気付かされる。
 実は中学生の頃、今では死語となってしまったペンパルなる友達がいて、スウェーデンに住む女の子と文通をしていた時期があった。成人になって欧州を一人旅した時、実際にそのペンパルと初対面した。それまでは手紙の文面と、送ってもらった写真でしか相手のことは分からなかったが、このときは手紙の中から飛び出てきたかのように、全く印象が同じだった記憶がある。
 出会いは人を選ばないが、出会いの扉を開くのは自分自身。いつでもどこでも「初めまして」を始められる。パンデミックでも希望はある。新しい仲間を増やし、交信を続けていけば、いつか未来がわれわれをつないでくれる。【河野 洋】

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