一時期、といってもほんの数カ月前までは、知人に出会えば「お元気ですか」というあいさつ代わりに、「もうワクチンの接種は済みましたか」と尋ね合い、どこの接種センターに行けば待ち時間が短い、などという情報を交換し合ったものだ。保健局から発表される感染率の低下を見ながら、もうすぐ正常な生活に戻れる、秋には職場のプログラムも復活するだろう、などと楽観的な見方をしていたのに、それをあざ笑うようなデルタ株のまん延で、COVID-19はそのしたたかさを見せ付けている。
 自分の周りの人は、ほとんどがワクチンの接種を済ませている、とうかつに信じていて、時々顔を合わせている日系のJさん一家が全員ワクチン接種を拒否していると知って驚いた。
 Jさんは呼吸器の持病があり、インヘイラーを常用している。
 恐る恐る「大丈夫ですか」と尋ねたら、「実は主人がCOVID-19にかかってね、でも私の使っているインヘイラーを使わせたらそれですっかりよくなって、娘もかかったけれどやはり吸入させたら病院にも行かなかったわ。ワクチン接種なんか受けなくてもいいのよ」
 彼女はマスクを片はずしにして、一筋の疑いも抱かせない表情でサラリと言ってのけ、私は返事のしようもなく、思わず自分のマスクを顔に密着させたものだ。
 COVID-19がインヘイラーで治るものなら世界中がこれほどの犠牲を払わねばならないことを、どのように説明するのだろう。
 果たしてJさんの夫や娘が本当にCOVID-19の洗礼を受けたのかどうか疑問だが、なるほどこれでは政府がどんなに躍起になっても、デルタ株のまん延が収まらないはずである。
 1年が1年半になり、もうすぐ2年になろうとする非日常的な不自由な暮らしは当分続き、子供たちが学校で、級友たちと共に憂いなく学べる日が再び遠ざかりつつある。
 屋内でマスクをするという単純な予防法でさえ賛否が紛糾し、ワクチンの接種を受ける受けないは個人の自由で、国が強要するべきではないというアメリカの個人主義が、なんともいびつで、傲慢(ごうまん)に思えてくる。Jさん一家の無事を祈るばかりである。【川口加代子】

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