1981年に自動車部品を扱う会社の駐在員として渡米して、国内から見える日本と、海外から見える日本が違って見えるのに驚いた。それまでの自分には海外からの視点が欠けていたのだ。
 日本国内にいる時も自分なりに産業や国の在り方について関心はあった方だが、海外に住むと別の見え方がすることに気付いた。人と人との付き合い方、議論の仕方、行政機構の違い、組織における権限と責任、意思決定の仕組みとスピードの違い、連邦と地方自治体の行政における分担、大統領の権限、政党間のせめぎ合い、いざという時の国の危機に対するまとまり方、国の防衛などなど、挙げればきりがない。
 折しもアメリカはレーガン大統領、日本は中曽根首相の時代だった。週末になるといつも大型のヘリコプター4〜5機が編隊を組んで上空を北西に飛んでいく。レーガン大統領の牧場と別荘がその方向にあり、週末の静養を兼ねての帰還である。
 日本は高度成長期、日本の製造技術が急速に力をつけ、音響・家電・自動車などが怒涛(どとう)の勢いでアメリカ市場に輸出された。あまりの勢いにアメリカからはさまざまな輸入規制が課され、それならと現地生産が急増した。貿易摩擦である。
 レーガン大統領のとった政策は、プロパテント政策。アメリカ産業の急成長期には大企業に富が集中し、是正策としてパテントに制約をかけるアンチパテントの時代だった。これを修正しアメリカの産業力復活にはどうすればいいのか…、これに応えたのは、ヒューレット・パッカード社長のジョン・ヤングを委員長とする産業競争力委員会が提出した「ヤングレポート」による、技術競争力と知財政策強化の提言だった。
 日本はバブル崩壊後の低迷が続き、国際競争力の低下が著しい。折しも10月末は衆院選の投票日を迎えている。与野党各党とも目玉政策はコロナ後の支援金のバラマキである。デジタル技術の進化で急速に産業力が変わっている。どうすれば産業力を復活できるのか、今こそ海外からの視点を国政に生かして、根本的な国の政策を議論し策定すべきである。そのためにも在外投票率の向上が求められている。【若尾龍彦】

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