ウエストハリウッドにある小さな映画館でのエピソードです。パンデミックの最中、人通りもまばらなサンタモニカ通りに面した会場では、「祈り」という日本映画を上映していました。この映画は長崎に落とされた原爆によって被爆した浦上天守堂のマリア像を、戦後の混乱の中で多くを失ったキリシタンの信者が命懸けで守ろうとする物語です。
この映画のポスターが会場の入口に貼ってありました。それを見た1人の人が会場に入ってきてさまざまな質問をしました。彼の身なりは誰が見てもホームレスでしたが、スタッフは何度も何度も問いかけられる質問に丁寧に答えました。するとその人はお金を取りに行ってくると言って、まもなく戻って来た時の彼の手には、乱雑に折り曲げられた1ドル札が10枚握られていました。誰かにもらったものなのか、自分で大切に保管してあったお札だったのでしょうか。少なくとも彼が生きていくためのお金を、日本映画を見ることに使おうと決意したのだと感じました。ディスカウントを求めることもなく、彼の大切な決断とその堂々とした生き方をリスペクトするべきだと思い、ウォーターボトルを持たせて会場に案内しました。
観賞後、会場から出てきた彼は、丁寧に映画の感想と上映への感謝を伝えて満足をして帰って行きました。彼はクリスチャンのようでした。
偶然通りかかった会場で、日本に落とされた原爆の悲劇を通じ、マリア像を守ろうとする長崎のキリシタンの思いを伝える映画に出会ったのです。本来であれば食料品に交換すべき生きるためのお金でしたが、心の栄養として彼の身体に食料以上の価値をもたらすことを願いました。
このエピソードを聞いた時、私たちには一つの課題が突きつけられます。それは、人の豊かさとは何かということです。果たしてオンライン上映でこのような奇跡が起きたでしょうか。対面で話すことができない中、人と人との触れ合いの中で起こった、誰も語ることのないほんのささいな偶然の出来事から、私たちは本当の豊かさの意味を考える機会を得ることができたのです。【朝倉巨瑞】