勤務先の日系社会福祉団体が、1年遅れで創立75周年を祝うことになり、担当者はこのところ忙しい。
 出席申し込み用の返信カードと封筒も同封された招待状が会員はじめこの団体運営に関わってきたコミュニティーメンバーに発送されホッとしたところで、ちょっと気になる声が聞こえてきた。
 返信用のカードと封筒に対して、「こんな不必要な物をどうして作ったのか」というのである。すでにインターネットで催しは知らされており、招待状にはQRコードが印刷されている。そこからサイトに入れば申し込みは簡単、ペイパルで参加費を払えば小切手を切る必要もなければ、返信用の切手を貼る必要もないと。
 お説ごもっともである。
 それに対して「それはそうだが、まだコンピューターが使えないシニアメンバーもいるし、支払いも小切手に頼っている人もいるから」という声があり、話は落ち着いたのだが、どうも気に入らない。
 もちろん気に入らない理由の一つは私自身がまだハイテク文盲のグループに片足を突っ込んだまま歩いているからである。もう一つの理由は、「コンピューターを使えない人もいるから」という言葉の中に、面倒だけど仕方ないんだよというようなニュアンスを感じるからである。
 確かにそうかも知れないが、75年前にこの団体を発足させた先輩たちは、コンピューターが存在しなかった時代を、英語はタイプライターで、日本語は手書きでニュースレターを発行して、ダイヤル電話で連絡を取り合い、自分たちの歴史を紡いで3世から4世へと文化と日系の心を手渡ししてきた。
 「だからこそ今日がある」という思いが、どこかですっぽり失われているような気がした。75周年を祝うなら、そんな先達こそがたたえられるべきで、彼らが参加し難い祝賀会なら、75年の歴史を振り返る必要はなく、単なるファンドレイジングの集いで良いわけだ。
 この祝賀会に関しては、返信用のカードも封筒も、「仕方なく」ではなく、コンピューターを使わない諸先輩の皆さんにこそ、ぜひ参加していただきたいから準備した、と思いたい。(川口加代子)

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