日本の進撃が終わってしまった。
 スペイン語放送の52チャンネルが無料で放送しているので、W杯をそれなりにハマって見ているが、一番感心するのが高画質の大アップで映る各国サポーターの歓喜の表情だ。いいおじさんがうれし泣きする姿や白塗り着ぐるみの日本サポーターなど意外な人たちも含めて、まさに「ピュア・ジョイ!」と言えるものだ。
 盛り上がるW杯に「そういえば私って…」と思い出した。実は私はサッカー部出身である。遠い昔の小5の話。外部からはお嬢さん学校と呼ばれたミッション系女子校になぜそんな部活があったのかは謎であるが、顧問だった菅原先生がサッカーファンだったのかもしれない。でも確かに私はサッカー部員で、緑色チームのゼッケンとすねを覆うサッカー用ハイソックスを着けて、土ぼこりの舞い上がる校庭を走り回っていた。
 当時はメキシコ五輪で日本が銅メダルを獲得した余韻が残っていて、サッカーは今の日本と同じぐらい盛り上がっていたのだと思う。実業団リーグが最高峰の時代。父方の祖父がマツダ車に関係する仕事をしていて、しばしば広島の東洋工業まで出張に行き名産の生ガキをわが家に届けてくれていたが、ある時に「智子のためにもらってきたよ」と選手のサインで埋め尽くされたサッカーボールをプレゼントしてくれた。現代のカラフルなボールと違い当時は白黒のボール。懐かしい思い出だ。東洋工業はサンフレッチェ広島の前身である。
 そんなサッカー部も1年限りで、小6では体操部に浮気し転部。当時の体操界のヒロインといえばチェコのチャスラフスカだった(タケシやコマネチはもっと後)。子どもの自分はまったく理解していなかったが、チャスラフスカはチェコの民主化運動(プラハの春)に絡まって政治的にも注目された人だった。スポーツ選手と政治の関係は昔からのことだったかと改めて感じ入る。
 今回のW杯でも人権問題に抗議を示す欧州のチームなどがいた。一方の日本サポーターはお掃除が注目された。私としては草の根のお掃除親善やゴミ袋に託す友好は、政治抗議と同等に大事な行動だと思う。
 さて、祭りの後の虚しさに負けぬように、日常生活に戻らなくては。(長井智子)

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