ふっと目が覚めて時計を見ると午前6時、窓の外はまだ暗い。私の体内時計はきちんといつも起きる時間にセットされているようだ。
 起き上がろうとして異常な腕の重さに気が付いた。
 そうか、昨日のアクシデントは夢ではなかったのだ。ファイバーグラスのスプリントの上から包帯でぐるぐる巻きにされた丸太ン棒のような左腕が胸の上に乗っている。
 ヤレヤレ、その腕を動かした途端の鈍痛がさらに私を現実に引き戻した。たまっていた休みを取って予約を入れ、歯科医のオフィスへと急いでいた私は、それでも「気を付けなければ」と自分に言い聞かせていたのだが、不覚にも何かにつまづいて転んでしまったのだ。一瞬のことである。
 結果は救急で病院に入りERで7時間、手首の下の骨が折れて曲がっていたのを真っすぐに伸ばし、キャストをはめてもらって帰宅。
 さあこれで、今年から来年にかけての予定の全てが狂ってしまった。
 3件ほど入っていたボランティアのお手伝いも全てキャンセル、発奮してやるつもりだった自宅の大掃除も先送り。
 自分より年上のシニアの方には「気を付けてね」などとおこがましい注意をしていながら、何のことは無い、自分が転んでいれば世話はない。
 いくら右手が利き腕だとはいえ、健常な右手だけではできることに限りがあると、すぐに気が付いた。ペットボトルのフタが開けられない、タッパーウエアのフタだって開けようと思えばひと苦労、携帯電話の充電も難しい。靴の紐や洋服の着脱、入浴は大仕事、いつもは夢にも思わなかったディッシュ・ウォッシャーの存在がちらりと頭をかすめる。
 とにかく「不便」の一言。
 しかし事故で片腕をなくしたり、生まれつき片腕、あるいは両腕が機能していない人々のことを思えば、にわか身障者の私など文句は言えない。
 全治2~3か月の宣告をした医師に、「前腕の骨折患者ってたまにあるんですか」と尋ねたら、「僕の治療したのは、今日だけであなたで3人目。折れやすい骨なんですよ。来週チェックアップにいらしゃい」でした。(川口加代子)

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