人間は怠ける傾向があるのか、心地良い空間に入り込むと、そこから動きたくなくなる。猫がこたつで背を丸めるように、寒い時は布団から出たくなくなるものだ。
 ところが、こんなことがあった。
 先月、米国でスタンダップコメディアンとして長年活動する友人の小池リオ氏の弟子が、日本からやって来た。岸正龍氏、62歳。60を過ぎてから師匠と出会い、触発され、英語のスタンダップコメディーを学び、今回、いよいよ本場での挑戦を決めたという。小池氏との仲もあり、私はマンハッタンのコメディークラブへ応援に出かけた。
 今日は希望者が出演できるオープンマイク。自分が出演するわけでもないのに、なぜかドキドキする。薄暗い照明の中、ゾロゾロと人が集まり出し、ステージの周りのテーブルに1人ずつ座り始める。
 観客の反応などお構いなしに、ステージでひたすら喋るコメディアンたち。時間には4分の制限があり、時間が近づくとホストが舞台に手を振り、終わりが近いことを伝える。聞くところによれば、彼らは自ら出演料を払って舞台に立っている。オチが通じて笑ってもらえればいいが、外すとパンチラインの後にしらけた空気だけが漂う。
 しかし、何があっても「Show Must Go On」。どの出演者も勇敢に最後まで喋り続ける。過酷な状況で闘うコメディアン。彼らは夢を追っているのか、自分たちへ試練を与えているのか。後で気が付いたが、観客は私を除くと、ほぼ全員が出演者だった。
 挑戦者は翌日もコメディークラブに出演するとのことで、私は再び応援に出かけた。今回は客席がほぼ埋まった満員御礼の舞台。そこでも、岸氏は昨夜と変わりなく果敢にチャレンジする。そして、観客席からは笑い声が響いた。
 真剣に練習を始めたのは半年くらい前という62歳の新米コメディアン。母国語でもない英語でアメリカ人を笑わせてしまう勇士に、私は勇気をもらった。
 これを自分に当てはめてみると、笑いのネタなど思いつかない、ラインを覚えられない、人前で話すのは嫌い、というネガティブなことばかり並べてしまう。だが、できないのは、やる気がないだけ。やる気があれば、何でもできる。立ち上がれ。可能性は無限に広がっている。(河野 洋)

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