時代に合わせアレンジしたあめ細工を、将来は日本へ逆輸出したいと話す若手あめ細工職人、一柳孝文さん

 甘い香りが漂う中、職人の手によって素早く作り上げられる数々の繊細な作品に、多くの老若男女が魅了されたあめ細工。その伝統と技術、魅力を叔父から伝授され、現代に合わせたアレンジを加えながら進化させている職人がここ、ロサンゼルスで活躍している。アメリカで培った技術とパフォーマンスを将来日本へ逆輸出することを目標に、日々あめに「命」を吹き込む若手あめ細工職人、一柳孝文さんに話を聞いた。 【取材・写真=中村良子】
 
 平安時代に中国から京都に伝来し、江戸時代に街で職人が細工したあめを売り出したことで一般に広まったあめ細工。戦後の貧しかった時代に数少ない娯楽の1つとして人気を博し、かつてあめ屋の周りには朝から晩まで人だかりができていた。
 しかし庶民に親しまれたあめ細工もその後、カラオケやビデオゲームなどといったさまざまな娯楽が増え始めた70年代を境に徐々に廃れ、一般の目に触れる機会は激減していった。
 そんな中、「叔父さんがアメリカであめ細工職人をしていたので、物心ついたころから目の前で見せてくれたり、作らせてくれたりと、あめ細工は身近な存在でした」と語るのは、現在叔父の一柳ショーンさんからロサンゼルスで指導を受ける一柳孝文さん(28)。「(伝統芸能が身近にあったことに)人は恵まれた環境だというけれど、逆にその存在が当たり前すぎて、当時はそれほど貴重さを感じなかった」と、自身の今までの道のりを振り返った。
 
お客の輝く目に出会う
あめ細工の魅力を再認識

 
 北海道札幌市で生まれ育った孝文さんは、将来野球の道を目指していた。しかし、「高校入学後に野球人としての実力に限界を感じ、目標を失ってしまった。物事を真面目にやることに意味を見いだせなくなってしまった」という。以来、遊びに目覚め、将来の夢や目標がないまま高校を卒業した。
 「当時は『その時がよければいい』という感覚で、将来や先のことは考えず、『車を買うお金が必要だからバイトをする』など、目先のことだけを考えていた。友だちもみんなそんな感じで、それ以外にチョイスがあるとはその時には気付かなかった」
 22歳で建築関係の仕事に就いた孝文さんは、そこで初めて年上の先輩や、人生経験を積んだ社会人、職人などと出会い、狭い自分の世界の外にある未知の世界に触れ、将来のことや自分の可能性などについて真剣に考え始めた。その時、以前家族で行ったロサンゼルスで、叔父さんがあめ細工で人を魅了している姿を見たのを思い出した。
 「自分にとって身近にあり過ぎて客観的にとらえられなかったあめ細工だったが、叔父さんの作る作品を見つめるロサンゼルスのお客さんの目の輝きを見て、その素晴らしさと魅力を再認識した」。プロのあめ細工職人として米国内はもちろん、世界を飛び回る叔父、ショーンさんに相談すると、「やる気があるなら来なさい」と快諾してくれ、すぐにロサンゼルスへ向かった。
 
想像以上に厳しい指導
生活態度から食事作法まで

 
今年の干支に合わせ一柳孝文さんが作成したヘビ

 地元の小さな祭りから、マイケル・ジャクソンやジム・キャリーなどといった一流スターのプライベートパーティーまで幅広く活躍するショーンさんの指導には、想像を超える厳しさがあった。
 「あめ細工職人になるためには、あめの作り方を学べばいいと思っていたけれど、叔父さんの指導はそれだけでなく、日ごろの生活態度や食事のマナー、体力作り、歴史や文化、芸術の勉強と広く、徹底していた。最初は、それらがどうしてあめ細工に関係あるのか理解できなかった」と、孝文さんは振り返る。
 日ごろショーンさんから、「あめ細工職人はストリートパフォーマーであり、エンターテイナー。プロとして、お客さんのニーズに応えながら楽しい時間を提供し、喜んでもらうことが仕事」と言われ、「たとえ素晴らしいパフォーマンスを見せても、汚らしい食べ方1つで『その程度か』と見られることもある。トータルでしっかりとした立ち居振る舞いをしなければ、本物のエンターテイナーではない」と厳しく指導されていた。
 孝文さんは、生活態度から箸の持ち方、食事の仕方など、すべてに対する指導を一から受けた。「ぶつかり合うことも多々あったし、あまりの厳しさに一時日本へ帰ってまたアルバイト生活をしようと思ったこともあった」。しかし、アメリカに来て出会った友人から、「こんなに素晴らしい日本の伝統芸を引き継げる立場にあるなんて幸運なこと。投げ出すのはもったいない」と引き止められ、思いとどまった。
 
日本人としての自覚
限界を持たず、何事も挑戦

 
 渡米から6年が過ぎた。アメリカに来て感じることは、日本にいる時には感じなかった「自分が日本人である」という自覚だ。
 「以前自分がいた札幌の小さな世界とは違い、アメリカという大きな世界では、自分は常に周りから日本人として見られている。日本人として恥じないよう、それまでの『その時さえよければいい』『楽な方に』という考えをあらためた」
 ショーンさんが指導する技術はより実物に近いもので、かつてのシンプルな作品とは少し異なる。動物の筋肉なども再現され、躍動感がある。これは、ショーンさんが長年アメリカや世界であめ細工を作ってきた中で改良されていったものだ。
昨年の干支である龍のあめ細工

 たとえば馬。アメリカには馬をペットとして飼っている人がたくさんおり、抽象的な馬の作品を作っても、「自分の馬はそうじゃない」と突き返されることもあった。そういった経験の中で、ショーンさんはより現物に近い作品を製作するようになったという。
 孝文さんはショーンさんの技術を学ぶとともに、「リミットを持つな」「まずは何事も挑戦」の教えのもと、感性やオリジナリティーを求め、日ごろから動物を観察したり、美術館などに足を運んでいる。今では、「あめ細工は自分の生活そのもの」と言うように、生活のすべてをあめ細工に生かしている。
 
トークあり、踊りあり
今風のあめ細工職人目指す

 
 日本の伝統を受け継ぐことに、「いい意味でプレッシャーを感じる。ただ伝えられてきたものをそのまま継承するのではなく、現代に合わせて伝統芸をのばしていきたい。伝統の中に自分のオリジナリティーが伝わるパフォーマンスをしたい」。
 さまざまな人種や文化、宗教が入り交じるアメリカの舞台で作品を披露し、路上からハイソサイエティー、日系から米系と、どんな状況であってもお客さんのニーズに応え、楽しみを提供するのが、真のエンターテイナーであることを学んだ。そのために、「さらに広い視野、世界観を持つことが今後の課題」だ。
 「最低10年はアメリカで修業を積んで、将来は、トークあり、踊りありのオリジナリティー溢れる「伝統芸」を日本に逆輸出したい。日本人には『あめ細工とはこういうもの』という固定観念があるので、それを打ち破るのは簡単なことではないと思うけれど、さらに技術を磨き、日本をはじめ世界の人々の目に輝きをもたらせることのできる、叔父さんのようなあめ細工職人を目指したい」
 
質素な中から大なる美しさ
一柳ショーンさん「伝統芸の大切さ学んで」

 
一柳孝文さん(右)と、世界を飛び回るプロのあめ細工職人で孝文さんの叔父の一柳ショーンさん

 叔父と甥という関係にかかわらず、渡米以来、孝文さんを厳しく指導してきたショーンさん。1971年に札幌から渡米、通っていたアダルトスクールでクラスメートの寺沢政治さんが披露したあめ細工に、かつて、日が暮れるまで眺め続けたあの感動を思い出し、再び魅了された。
 「厳しい世界と知っていたので、まさか自分がプロになるとは思わなかったが、寺沢さんから技術を指導してもらい、あめの熱で指の皮がむけるまで練習した」
 空手の指導員免許を持ち、GIA宝石鑑定士の資格もあるショーンさんは、空手で鍛えた体力と体のバランス、姿勢や発声を生かしたパフォーマンス力、また美しい作品を見極める宝石鑑定士の目を生かし、世界中を飛び回るあめ細工職人となった。
 孝文さんを指導する中で、「彼が自分は日本人であると自覚したことは大きな一歩」と喜ぶ。「人間、自分が誰かと気付いた時に生きる目的をもつことができる」。かつて、将来の目的がなく「その日暮らし」だった孝文さんに大きな成長をみる。
 いいエンターテイナーとは、「お客さんをがっかりさせないこと」といい、そのためには常に相手のニーズに合わせられる柔軟性が問われる。「現場では、あめ細工の話だけでなく、お客さんは日本の話から政治、経済などいろいろと質問してくる。それらに答えられるように常に勉強を続けなければいけない」
 ショーンさんにとってあめ細工の魅力は、「おじいさんのしわしわの手からキラキラした奇麗な花や動物ができ上がるあの感動。孝文の時代は知らないかもしれないが、奇麗なあめ細工を見つめるお客さんの純粋な瞳は、今も昔も変わらない」と言い切る。
 孝文さんには、「伝統芸の大切さ」を一番に学んでもらいたいといい、「お金に関係なく、相手が路上生活者であれ、大統領であれ、あめ細工には人を喜ばせる力があるということをしっかりと理解してもらいたい。また、火星に8万人を移住させる計画が発表されるような現代、将来は地球と火星をまたにかけたあめ細工職人になるくらいの気持ちで、この伝統を継承してもらいたい」。

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1 Comment

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  1. 初めまして。私は大阪の読売テレビ「グッと!地球便」という番組を担当しております鎌塚と申します。
    今回ご連絡をさせて頂きましたのは、「一柳孝文」さんにご連絡をさせて頂きたいのですが、一柳さんのご連絡先が分からず、、もし、一柳さんのご連絡先やHPなどをご存知であれば、、教えて頂けないでしょうか?
    一柳さんに私たちの番組のお話を聞いていただき、もし、ご興味を持っていただけるのであれば
    ご取材のご依頼をさせて頂きたいと考えております。

    突然、このようなメールをお送りさせていただくことをお許しください。
    一柳さんのご意向もあると思いますので、、お話だけでも聞いていただきたいと思っております。
    ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

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    読売テレビ 
    グッと!地球便
    リサーチ担当 鎌塚百美
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