先日職場の同僚のお母さんの葬儀に参列した。
 お母さんは日系二世のMさんで享年99。昨年彼女の親友が100歳の誕生日を迎えた時、次はMさんの番ですね、などと話していたのだが、今年に入って急に元気がなくなり死の1カ月前に99歳の誕生日を迎えたのがやっとだった。
 彼女の妹さんは昨年97歳でなくなったが、どうやら長生きの家系らしい。
 Mさんの長生きの秘訣は何だったのだろう、と考えてふと思い出したのは、彼女の生きる姿勢、考え方にあったのではないかと思い至った。
 戦時中は12万の同胞と共に収容所に入れられ、シカゴに出て苦労しながら一から暮らしを立ち上げた典型的な二世であったが、いつも苦しいことに出会うと「辛いことがあっても、自分の力でどうにもならないことはくよくよしないで受け入れてゆくことですよ。文句を言ってもどうにもならないんだから」と言っていたそうだ。
 そうかといっていつも受身で生きてきたかというとそうでもない。
 親友のHさんが100歳になった時の2人の会話が楽しい。
 「あっという間に100歳になってしまってねえ。私たちなんだか生き過ぎたような気がするけど…」とHさんが言ったときMさんは、「あら、あなたは明日この世の中がどんなになるか見たいと思わないの」と言い、2人は声をあげて笑い合ったそうだが、この旺盛な好奇心も彼女を支えたエネルギーだったと思う。
 先週パシフィック・シチズン紙の死亡広告欄を見て驚いた。25件のうち、90歳以上で亡くなった方が11人である。日本人はもちろんだが、日系人の平均寿命も間違いなく延びていると思われる。
 この頃は80何歳などといわれても「お年だなァ」などと思わなくなった。一つには自分も歳を重ねてきて、その「お年」に近づきつつあるのがその理由でもある。
 しかし一方では二十歳の誕生日も迎えることなく逝くティーンエイジャーたちのなんと多いことか。病気でも寿命でもなく、銃禍であり麻薬であり、避けうる事故死である。
 「Mさん、享年99、おめでとう」【川口加代子】

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