トーレンスにある「日本映像翻訳アカデミー」ロサンゼルス校で開かれた後藤太郎さんの講演会。右は、司会進行を務めた同校運営主任の藤田綾乃さん
トーレンスにある「日本映像翻訳アカデミー」ロサンゼルス校で開かれた後藤太郎さんの講演会。右は、司会進行を務めた同校運営主任の藤田彩乃さん

 60本以上の長編映画の字幕をはじめ、映画やテレビの撮影現場で通訳を務める後藤太郎さんの講演会が14日、トーレンスで催された。実際に通訳として仕事をする人や将来同分野で働くことを目指す若者らを前に、現場で学んだノウハウを分かりやすく伝授した。同イベントは、東京とロサンゼルスに教室を持つ「日本映像翻訳アカデミー」の主催。【中村良子、写真も】

 日本出身の両親の下、アメリカで生まれ育った後藤さんは、毎週土曜日に通っていた日本語学校と自宅で日本語を勉強し、バイリンガルとして育った。中学のころから「映画の制作や演出などにかかわる仕事がしたい」と思い、カリフォルニア大学バークレー校で映画学を専攻。卒業後はサンフランシスコ国際アジアンアメリカン映画祭でアシスタント・ディレクターを8年間務める傍ら、日英字幕翻訳の第一人者、リンダ・ホーグランド氏に師事し、字幕翻訳者および映画通訳者として多くの作品を手がけている。
 講演会では、後藤さん自身の経験を基に主にインタビュー通訳と撮影通訳について触れ、それぞれの分野で学んだことを踏まえ、参加者にアドバイスした。
 
迅速さ、簡潔さの中に感情を
 

現場で学んだノウハウ伝授
現場で学んだノウハウ伝授

 後藤さんが初めてインタビュー通訳をしたのは、黒沢清監督がサンフランシスコで「キュア」の発表会見をする際だった。監督や作品についての勉強をして望んだが、実際は質問者や監督から飛び出すさまざまな作品名に知らないものが多く、スムーズに通訳できなかったことを非常に恥ずかしく思った。
 それを機に、監督自身や監督の手がけた作品のみならず、監督が好む作品など、日ごろからたくさんの映画を見るよう心がけているという。「言葉の勉強も大切だけれど、映画業界で働くのならまずは映画を見て。そして、業界や分野の勉強を惜しまないで」と助言した。
 また、作品発表記者会見や監督の個別インタビューなどは時間が限られており、通訳に迅速さや簡潔さが求められる。そのため、(1)作品を理解(2)監督について勉強(3)通訳中はメモを取り一人称で忠実に訳す―を心がけるようアドバイスするとともに、「映画の技術用語はもちろん、監督が好む表現や映画特有の感情表現も訳せることが大切。作品の紹介文やレビュー、文献を参考にし、訳す時はきちんと相手の顔を見て」とした。
 最後に、「Sleepless in Seattle」(めぐり逢えたら)、「A Fistful of Dollars」(荒野の用心棒)、「Up in the Air」(マイレージ、マイライフ)などのように、日英で異なった映画タイトルが付けられることも多く、両方を把握しておく必要性も強調した。
 
人とのつながりを大切に
 
 映画業界での日英通訳はその数の少なさから本職として成り立つことは難しく、特に非営利として少ない予算で催される映画祭の場合は、通訳の多くがボランティアである現実にも触れた。その中で、通訳だけでなく映画の字幕や日本からテレビクルーが来た際のコーディネート業務など幅広くスキルを伸ばすことも考慮するようアドバイス。
 後藤さんには、大学や映画祭での経験を通じ映画の知識が豊富にあったことから、黒沢監督の通訳を機に、映画関係の人にその知識力と通訳の実力が買われ、仕事のほとんどは口コミという。「最初はボランティアでも、与えられた仕事を一つひとつ丁寧にこなし、人間関係や人とのつながりを大切に」と強調した。
 
映像や音の編集も考慮して
 
インタビュー通訳と撮影通訳の違いを説明する後藤さん
インタビュー通訳と撮影通訳の違いを説明する後藤さん

 一方、ドキュメンタリーや映画などの撮影通訳の場合、現場に撮影機材があるため、通訳の立つ位置や動きなどに細心の注意を払う必要があるという。「立ち位置によって自分が照明の影になってしまったり、出演者の眼鏡に映ってしまったり、またメモのページをめくる音が入ってしまったりすると撮影が中断されるので、無駄な動きや音は控えるように」とした。
 また、後の編集作業をしやすくすることも考慮し、出演者がしゃべったすぐ後に通訳を始めず、少し間を置くことも必要な気配りとした。
 クルーの数が少ないドキュメンタリーと違い、映画の場合は人数が多く、細かくチームに分かれる。「『自分は通訳だから』と別に考えず、配属された部の一員として臨機応変に対応する心配りも忘れないで」とアドバイス。しかし、アメリカはユニオン(労働組合)が強く、与えられた仕事の枠を大幅に越えるとトラブルになるため、細心の注意を払うべきとした。
 また日米では労働時間に大きな違いがある。12時間労働のアメリカに対し、日本は18時間から24時間が当たり前なため、その違いから問題になることも多く、「通訳としてどちらかの味方につくのではなく、どうしたら互いにうまくいくかの話し合いを仲介することも仕事」とした。
 
物作りの喜び味わう
 
 通訳として映画作りに携わってきた中で、「台本がそのままスクリーンに残ることは少なく、現場で起こる関係者による交渉や思考などで変化してより良いものが作られる。その、貴重なコミュニケーションの過程に通訳として協力できることは喜びと醍醐味」だという。
 また、通訳が入るということは、それだけ海外で通用する一流の監督や俳優を起用していることであり、「そういう方々と時間を共用できることはとても貴重。多くを学んでいる」とまとめた。
 
後藤太郎  手がけた主な作品は、李相日監督の「悪人」「フラガール」、松本人志監督の「しんぼる」、沖田修一監督の「キツツキと雨」「横道世之介」、降旗康男監督の「あなたへ」などの字幕翻訳。撮影現場や映画祭、記者会見などでは、是枝裕和氏、黒沢清氏、岩井俊二氏、滝田洋二郎氏、宮崎吾郎氏、クリストファー・ドイル氏などの通訳を務めた。また現在公開中のキアヌ・リーブス初監督作品「Man of Tai Chi」では、美術監督の種田陽平氏の通訳を務め、スティーブン・オカザキ監督のエミー賞受賞ドキュメンタリー「White Light/Black Rain」とデイブ・ボイル監督の新作「Man From Reno」(2014年完成予定)を共同プロデュースしているほか、岩井俊二監督の初の全編英語長編作品「Vampire」では英語スーパーバイザーを務めた。

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