わが家には柿の木がある。昨年は木守として実をいくつか残しておいた。本来木のてっぺんに1、2個残すらしいが、はしごを掛けてまで取るほどでもないと10個ほど残しておいた。
この木守(きもり、こもり)、木守り(きまもり)は言葉として知ってはいたが、「木守柿」として冬の季語だとネットで知った。木守は柿だけじゃなく、柑橘類も実を残すようだ。
何となく実のなる木は、木守として果実を残すもんだと思い込んでいたが、通りかかったサイトのあるお寺さんの法話のページにこの木守の話が載っていてフムフムと読んだ。
もともと、来年もたくさん実が生るようにとお願いする「おまじない」のようなものらしいが、「人間が根こそぎ実を取ってしまうと、これから食べ物の少なくなる冬場に食べ物の無くなる小動物が困る。だから少しでも食べ物を残しておこう」という昔の人たちの、いわば生き物擁護の意味もあるとか。自然と共に生きた先人の知恵といえるかも。
で、なぜ木守の話かと言うと、ここ数年、わが住宅地近辺に野うさぎや大きな野リス(胴体は猫サイズ、それに同じ長さのしっぽ付き)をよく見かけるようになったこと。
この野リスがわが家の柿の木に登り、木守の柿をじょうずにもいで食べているのを見つけた。その後どうやったか見てないので分からないが、柿の実を塀の上に置いていなくなり、その実を小鳥がついばんでいた。という訳でわが家の木守柿は「そしてなにもなくなった(And Then There Were None)」のである。
ここまでなら可愛いですむが、なんとこのリス地面に穴を掘って住むらしく、そのせいでLA東部のThe City of Industry近辺のTres Hermanosにある貯水池一帯の地盤が緩みダメージを受けているらしい。
市職員や関係者はその処置に困っているとか。毒餌を撒けば他の動物にも影響があるし、新しい天敵を連れて来ればその後の処理が困る。
今いる天敵は鷹やフクロウなどだが、近場に高い木がないから野っ原にいる餌(リス)を探すのが困難。という訳で腕木がついた4メートルほどの止まり木的な柱を立てることになったとか。うまくいけばいいが。【徳永憲治】