ハワイに出かけるからと、ご近所さんから留守の間のゴミ出しを頼まれた。
 1週間後に「とても楽しかった。ゴミ出しありがとう」とお土産を持ってきてくれた。ところが、続けて「アキコサーンて呼んだのだけど、気がつかなかった?」と言われて驚いた。屋外の数カ所にカメラを設置しており、大きなゴミ箱を出し入れする私の姿をハワイから見て声をかけたというのだ。見られて悪いことは何一つしてないけれど、知らないうちに見つめられていたというのはあまり気持ちの良いものではない。
 別の日、別のご近所さんから家庭菜園で出来たというズッキーニを数本もらった。翌日そのズッキーニでズッキーニブレッドを2本焼いたので、お礼にとまだ温かい1本を手にしてドアベルを鳴らしたが、留守。夕方、再度そのお宅に向かっている途中で出会うと「昼間は、何の用事だったの」と尋ねられた。彼女は病院にいて、私が家のドアベルを鳴らしたのをスマホで見たという。そうか、ドアベルは彼女のスマホに直結してたのか。私の姿はここでも、本人の知らないところまで届いていた。
 近ごろは町のあちこちに監視カメラがあり、事故や犯罪が起きると犯人追跡に役立っている。けれど、住宅街での近所付き合いがこれほどカメラにさらされているとは、今まで認識してなかった。そういえば、日本に出かける間の留守を見てくれる息子からは、便利なシステムがあるから取り付けてはと数年前から言われている。留守中の家の内外の様子がスマホで同時に分かる、こういうシステムのことを言っているのだろう。
 スマホを上手に使えば、航空券やホテル予約の証明書はもちろん、買い物用のデジタルクーポンなどたくさんのものが利用でき便利なことは十分知っている。が、残念ながらわが家はまだ、スマホより、それらの印刷された紙面を重宝するアナログ一家なのだ。スマホを利用してのセキュリティーシステムを使いこなせるかどうかは、まず疑問だ。そして何よりも今後、自分たちも監視する側に回るのかどうか。
 結論は出ないままだが、「住みにくい時代になったものだ」と夫。彼はスマホさえ持っていない。(楠瀬明子)

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