マレーシア出身の俳優ミシェル・ヨーさんがオスカーを手にしたと聞いてうれしくなった。現在60歳の彼女、ハリウッドで認められるまでの道のりはいかに長かったのかと想像してみる。
彼女を知ったのは数年前に公開された映画「クレイジー・リッチ」。こちらもアジア系のキャストが中心で話題となった。日本ではヒットしなかったけれど、USC時代の友人と見に行って多様な仲間たちと過ごしたLAでの日々を懐かしく思った。
「白人の男性」が長らく力を持ってきたハリウッドで、多様性を象徴する作品が生まれている。コロナ禍のアジア系の人々へのヘイトを思うと、自由の国アメリカがとても生きづらい国になっているのではと心配になるが、ミシェルさんの受賞はそんな社会を変えていきたい人々の思いがもたらしたように感じた。
彼女はインタビュー記事で「同じテーブルに座りたい。自分を見てもらい、聞いてもらう権利を手にするために」「私が求めているものは同じように戦うための権利です」と話していた。
他人事とは思えない言葉だった。米国社会に限らず国や社会、職業は違っても、同じテーブルに座りたいと思いながら暮らす人は世の中にたくさんいる。その思いが踏みにじられ、どれだけ人がないがしろにされているか。
社会に出て20年あまりになるが、今でもなくならないのはいい年の大人たちによる弱い者いじめ、ハラスメント。そのせいで体調を崩したり退職したりする人たちをどれだけ見てきたことか。日本人同士でさえこうなのだから、日本人を上司に持つ外国出身者の苦労は想像に難くない。
日本で働く外国人にもいろいろいるけれど、人としての権利や尊厳を剥奪されてきた象徴的な人たちはアジアからの技能実習生だろう。彼らは現代の奴隷とも呼ばれている。
彼らこそ権力を持つ日本人と同じテーブルに座りたい、同じように戦いたいと思っているはずだ。今月、技能実習制度廃止の議論がようやく浮上したけれど、その間も理不尽に扱われているのではと思うといたたまれない。かつての「白人男性」のように振る舞う日本人が変われるのか、長い道のりが待っている気がする。(中西奈緒)
