1982年、受験失敗、失恋、親との確執で、東京・五反田の名画座(90年=平成2年閉館)に入り浸り、数々のリバイバル洋画鑑賞が日課になって以来、映画のとりこになった。数十年後、癒やし空間は、夜中、自宅のパソコンの前でも可能になった。
 象徴的なオープニングシーンの「ティファニーで朝食を(61年)」を原作本も含めて再考察した。日本で今でも絶大な人気を誇るオードリー・ヘプバーン(ホリー役)が主演のラブロマンスだ。
 原作は時代の寵児(ちょうじ)として名を馳せたトルーマン・カポーティの小説。(ネタバレ注意!)その内容は戦時中の43~44年頃を舞台に、「LGBTQ+」の風潮もあるニューヨークの生活様式が垣間見れ、生々しく描かれている。恋に破れた19歳前後のホリーはブラジルへ飛び、アルゼンチン、さらに多分アフリカへ…といまだ自分探しの旅を続け、悲哀感たっぶりの結末だ。表面的な物質主義を打破し、真の愛を選ぶ映画のハッピーエンドとは大きく異なる。
 自由奔放なホリーのモデルは、カポーティを取り巻くニューヨークの上流階級・社交界の女性たち(後に「The Swans」と描写)や彼自身の母親だったといわれる。映画版でミッキー・ルーニーが演じるコミカルな日系人写真家のユニオシは、原作では真面目なキャラだ。この変容は監督の演出と見る。
 当時ハリウッドには暴力、犯罪、薬物、性描写、言葉表現、宗教に対する冒涜(ぼうとく)などについて、映画の内容を倫理的、道徳的に自主規制する「ヘイズ・コード」が導入されていた。それゆえ作り手は、商業的視点からも幅広い一般大衆に受け入れられるように、異性愛恋愛の柔らかいトーンに脚色せざるを得なかったようだ。
 「~朝食を」の意味は、てっきり宝石店の店内にレストランがあり、そこで食事?と思いきや、そうではない。その後人気にあやかり2017年、ニューヨーク店でカフェがオープンしたが、映画の題名はあくまでも「現実逃避&精神的理想&憧れ」の比喩表現だ。
 小説では、店内に入るシーンはない。ギターを弾きながら歌うのは「ムーン・リバー」でなく異なる曲だ。原作を読み、映画を見直すと、改めて奥深さを体験できる。カポーティは、マリリン・モンローのキャストを望んでいたそうだ。(長土居政史)

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