30年前に「なんとなくクリスタル」という小説で「文芸賞」を受けた田中康夫という人物を覚えておられるだろうか。その後に長野県知事にもなったし、衆議院議員と参議院議員も一期ずつ務めている。いまは新党日本の代表だ。その田中氏が自分のインターネット・コラム「にっぽん改国」に「TPPは羊の皮を被った狼だ」という一文を書いている。(2010年11月17日 )
農業だけではなく「金融、保険、医療、更には派遣労働、公共調達、電波・放送、社会慣行……。ありとあらゆる分野で『非関税障壁』の撤廃が強要されるのは必至」というTPP(環太平洋戦略的経済連携協定=環太平洋パートナーシップ協定)への反対論だ。
TPPのような、国の向きを変えるような大問題に一政党の党首として意見を述べるのはいい心がけだと思うが、その論法には大きな疑問符をつけざるをえない。
たとえば「早晩、看護師や介護士の資格試験を日本語でなく英語でも受験可能とせよ、と求められるでしょう。即ち、片言の日本語で従事するスタッフの出現です。痛みの具合を英語で伝えられない患者や老人は『非関税障壁』者となるのです」という主張はどうだろう?
正気の発言だとはとても思えない。スペインが世界を制覇した時代にその植民地がことごとくスペイン語化されたことでも頭の隅に浮かんだのかもしれないが、田中氏の思考には日本と日本人の主体性というものが欠如している。田中氏は国辱ものの敗北主義者だ。
「政府に留まらず自治体の公共事業、更には文具等を購入する公共調達の入札も『開放』せよ、と求められるでしょう」と言う。文具等を購入する公共調達の入札に何か問題があるのだろうか。そんな小まめな国があったら要求させたらいいではないか。何十倍も付加価値をつけられる製品で日本は外国に向かって同様のことをやればいいだけのことだ。
TPPのマイナス面だけをおおげさに強調するのは公正な議論ではなく、ただのプロパガンダだ。「きめ細かいFTA、EPAを各国と締結してこそ、WinWinな通商国家の面目躍如」というせっかくの提案が軽薄な思いつきに聞こえてしまう。【江口 敦】