わが家の年中行事の一つに、年末の鯖の買い出しがある。毎年、夫の指揮の下に、鯖の姿ずしを主役にした皿鉢料理を作り上げて、正月を迎えるからだ。今年もそのときがやって来た。
 その昔、ほんの数年のつもりでこの国にやって来たときには、なるべくたくさんのアメリカを見て帰ろうと、手持ちの金をやりくりしては極力、家族で旅行していた。スイッチが切り替わったのは、この地に長くすむ決意をしてからだ。旅人から住人へと心持ちが変わると、子供に自分たちの文化を伝えておく責任を感じ始めたのだ。
 鯖を背から開いて一晩、酢でしめる。小骨を取り除いて鯖の腹にすし飯をつめて大皿の中央に置き、煮物や果物などを彩りよく周囲に並べると、夫の記憶の中にある「土佐の正月」が再現される。夫が毎年子供に手ほどきするうちに、どの子も自分で姿ずしを作れるまでになった。今では、帰省してきた各人が、自分なりのデザインで大皿に料理を組み合わせ、独自の皿鉢を作りもする。用意した皿鉢を元旦に家族で一枚、お客があればもう一枚と、料理がなくなるまで食べて楽しむ。日本の正月に思いをはせながら。
 と言っても、シアトルで祝う「土佐の正月」は、実ははるか昔風の正月に違いない。夫の子供の頃に祖父が腕を振るっていたという皿鉢料理も、二十年前にわが家の子供たちが高知を訪ねた頃には「家で作るものと思ってたけど、おばあちゃんは電話で注文したよ」と変化。それが今では、スーパーマーケットに並ぶ数多い寿司や惣菜の中から好きなものを買って並べるという形にまで簡略化されている。
 「明治の日本が、海外の日系人の中に残っている」と言われると同じように、わが家が子供に伝えようとする言葉なり習慣は良くも悪くも「昭和の日本」のものであることを実感する。それでもやはり伝えておいてやりたいと、今年も正月準備の買い物に出かける。この地に日系の魚屋もスーパーマーケットもあり、食材の手に入ることを幸いに思いつつ。
 皆さまどうぞ良いお年をお迎え下さい。【楠瀬明子】

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