好奇心を高めていろいろと尋ね回らない限りは、そこでしばらく暮らしてみて初めて理解できるようになる、ということが、やはりある。
 1984年に、日本とのあいだを行き来しながらではあったが、フィリピンのマニラに半年間ほど滞在した。使っていたホテルの近くに薬局があった。その前をいつ通っても、店のカウンターの前には人だかりがあった。最初の印象は「みょうに病人が多い国じゃないか」という、あとで思えば、ちょっと間の抜けたものだった。
 やがて、テレビで風邪薬の宣伝を見るようになった。「こんな南の国で風邪薬?」といぶかったが、「熱帯に暮らす人だから風邪は引かない、ということもないだろう」と自分をぼんやりと納得させた。
 映画やテレビドラマで「庶民」の暮らしを見るようになると、この国の人の多くが冷水を浴びながら体を洗うことを知った。6月から11月ごろまでつづく雨季には、気温があまり上がらない日も少なくない。「体を冷やして風邪を患うことになる人もそれはいるだろう」と、いくらか賢くなったような気がしながら思った。
 空調と温水シャワーつきの部屋で過ごしていたのに、そのうちに、自分が風邪を引いてしまった。部屋を冷やしすぎたのかもしれなかった。
 薬局に行った。日本やアメリカと異なって、風邪薬は棚に並べられてはいなかった。カウンターの中の、薬剤師と思われる女性に症状を告げた。
 女性に何かを尋ねられたが、その意味がすぐには分からなかった。瓶入りの、症状にふさわしい薬を黙って渡してくれるはずだという先入観があったからだ。尋ね返すと、女性は「何日分要ります?」ときいているのだった。
 「何日分?」。風邪薬は瓶ごとではなく、客の希望に合わせて、一粒(一カプセル)単位で分け売りされているのだった。
 日々の暮らしをやっと立ている「庶民」には薬が買いやすいシステムになっていたのだ。一日分しか買えない者は、治らなければ、二日目にも薬局のカウンターの前に並ぶ…。人だかりの最大の原因がやっと分かったのだった。【江口 敦】

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