暴れん坊将軍とは、私の父についた名だ。決して、時代劇のヒーローのように颯爽としているわけではない。
 責任ある社会人として、また権威ある家長として尊敬されて来た穏やかな性格の父が、90歳を過ぎて近年、アルツハイマーの進行と共に時おり思いもよらぬ荒々しさを見せるようになった。爪を立て、時にはつねったりする乱暴に、家族は困惑するばかり。そのことを伝え聞いた従姉妹のMが、「伯父さんは、暴れん坊将軍様になっちゃったのね」と私たち姉妹にメールを寄越して以来、父は別名「暴れん坊将軍」となった。
 自宅での父の世話が母の体力では無理となり、ついに今春、父が施設に入ることになった時は、Mによれば「将軍様は別荘にお移りになった」。そうか、別荘か。不思議なことに、父を送り出した母や私たちの胸の痛みもその言葉に少し和らぎ、母は毎日「別荘」の父のもとに通った。
 残念なことに、平和な日々は長続きしなかった。施設内でインフルエンザが流行り、父もまた寝込んでしまったのだ。そしてインフルエンザから回復した時には褥瘡(床ずれ)がひどく、敗血症の恐れさえあって、病院への入院が必要となっていた。ただしその入院は、家族が24時間付き添うという条件付き。
 「暴れん坊将軍」の治療や昼夜を問わない2時間ごとの体位変えを円滑に行うためには、スタッフへの抵抗・乱暴を抑える者が必要だとされ、妹と私が交代でその任にあたることになった。九州・福岡の病院の一室に簡易ベッドを運び入れてほぼ10日交代、数カ月にわたる付き添いは、これもM流に言えば「将軍様は遠くの大名に嫁いでいった姫君たちをお呼びになり、大名たちはおのおの城に残り、妻をご奉公に出し…」。もちろん、待望の交代の日は「参勤交代」だ。
 言葉の遊びには違いない。が、24時間病室暮らしの日々は、こんなユーモアを交えたメールに随分と癒され、励まされている。そしてまた、現在ご家族を介護中の読者がおられれば、その方の周りにもユーモアで支えてくれる人がいることを願っている。苦しい時こそユーモアは必要だから。【楠瀬明子】

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