神が降臨するという松の木を背に梅若基徳さんが(中央)熱演した「井筒」

日米文化会館は9月28日夜、同館の日本庭園で秋の名月十三夜に合わせて、酒を楽しみながら日本伝統の能を鑑賞する「能で楽しむ月見の宴」を開催した。来米したシテ(主役)の重要無形文化財総合指定保持者である梅若基徳さんが、能を楽しく観劇するためのレクチャーを行った後、笛の酒井健二さん 、小鼓の竹中智泰さんの演奏にのって、「猩々(しょうじょう)」と「三井寺より鐘の段 」「井筒 」の3演目を演じた。
梅若さんは海外公演、特にフランスやイタリアなど欧州公演を数多くこなしており「オペラやミュージカルなどを見ているので、外国の客の質は高い」といい、今回の米国初公演も楽しみにしていた。さらに、日本庭園に備えられた橋懸かりや檜の舞台、鏡板の松などを実際に目にして「ばっちり揃っていて驚いた。素晴らしい」といい、本番の舞台を心待ちにしていたという。この日の演目は、月見に合わせて、静かでスローテンポの井筒などを選んだ。

「三井寺より鐘の段 」の1シーン

レクチャーでは、梅若さんが能の歴史や能面、舞台、役者の所作、囃子方の役割などを説明した。能は、室町時代に生まれた世界最古の演劇といわれている。舞台の背景は、松が描かれた鏡板のみだが、その松は背景ではないという。能は元来、神との交信の儀式として使われ、松には神が降臨すると考えられたからである。
能は音楽劇であり、現在の言葉でいうとミュージカルにあたる。平面的な板の上を体を真っすぐに保ちながら、滑るように足を運ぶ。その摺足は、貴族の歩き方や後に生まれた武道とも密接に通じており、武将が能を必修で習っていたのがうなずける。
音曲に合わせ、型といわれる手足使いにより「舞」を表現するが、「舞う」と「踊り」には違いがあるという。「舞」はすり足で動き、舞台上をくるくると回る回転運動をいい、一方の「踊り」は体をその場でジャンプさせたり、多人数で同じ動きをしたりすることをいう。
舞台では、面(おもて)を着ける。面をかけることにより、劇中人物の心の状態になり、日常の自分と離れて劇中人物の魂を呼び込む。面には、女、老人、怒った女など、さまざまあるが、どれも表情は抑えられている。その理由は、観客が感じたその時々の感情によって見え方が変わり、悲しい気持ちになれば面の表情も悲しく見え、憤りを感じれば面の表情も怒ったように見させるためである。
梅若さんは「能は1人の役者の演技、感情を押し付けるものではない」と強調。「能舞台全体でイメージを作り、観客の思いが絡み合い、完成する舞台芸術である」と力説した。「今夜は、能をみなさんがどのように見るか、どのような感情を抱くか、とても楽しみにしている」と、各人がインスピレーションを働かせた思い思いの観賞に期待を込めた。

ワタナベ館長代理(右)とともに乾杯する梅若さん

最初の演目「猩々」が始まる頃に、丸い月が顔を出した。梅若さんとビル・ワタナベ館長代理ら関係者が鏡開きを行い、「月」と「酒」と「お能」という舞台は整った。参加者約150人は、日本酒を飲みながら、薪能を思わせるシチュエーションの下で、室町時代にタイムスリップしたような独特の雰囲気に酔った。
ジョン・ハナックさんは子供の頃、駐日した父とともに1952年からの3年間、座間の米軍基地に住んだという。今は、ランドスケープ・アーティストをするかたわらで、アートスクールで日本語を教えている。大の親日家は「能は前から興味があり難しいと思っていたけど、今日は説明を聞けたので理解することができた。マスク(面)を着ける意味も知ることができた」と喜んだ。「役者の所作の1つひとつが、とてもゆっくりとしていたので、リラックスして見ることができておもしろかった。その所作は、摺り足で水平に体を移動させることは知っていた。それが、サムライに通じるものがあると知り納得できたのがよかった。また見たい」と話した。
舞台を終えた梅若さんは「参加者それぞれがインスピレーションを持って、能を観賞してくれたと信じている。私が舞台を去る時に、それぞれの人がそれぞれの考え方で見終わったと思う。そう感じてもらえるだけでいい」と述べた。今回の公演は、約800人収容できる日米劇場ではなく、採算を度外視し、庭園での酒と月見を組み合わせ、日本文化の神髄に迫った日米文化会館に梅若さんは敬意を表した。同館について、庭園や道具のみならずスタッフが優れていると称賛。能に適した環境が整っているとし「ここは、秋の月見や春の花見など、季節ごとに庭園を利用することができる。また、薪能もすることができる」と提案し、「また、来たい」と、再来米に意欲を示した。【永田潤、写真も】

「井筒」のクライマックス

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