当時の考えでは、食材の魚類や鳥類は、単なる生き物の死骸にしかすぎなかった。そのため、その死骸を食べ物に変換させる清めの儀式として、包丁式が定められた。右手の包丁と左手の真(まな)箸のみを用いて、鯉や鯛、鰹、鮒などの素材に一切手を触れることなく捌(さば)き衛生的であるため、波多野会長は「衛生管理など、料理に対する心構えの習得や原点を見詰め直し、板前が襟を正す上で大切である」と力説する。
同料理研究会によると、米国での本格的な包丁式は今回が初めてだという。雅楽が流れる中、包丁人を務めた同会の鈴木直登師範が平安時代の装束に身を包み登場し、古式に則り厳かに行われた。
素材は「海の王様」とたたえられ、古来から祝儀の魚として重んじられた鯛。花になぞらえた「花見の鯛」を大きなまな板に載せ、頭を切り落として、身を3枚におろし、骨を切り、身は輪切りに盛りつけた。日本では2キロから3キロの重さの鯛を用いるというが、今回は貴重な儀式をより多くの人に理解してもらおうと、6キロを用意した。おろすのが難しい大きな魚だが、無駄のないスムーズな包丁捌きは芸術的で、切り身を桜の花びらの形のように美しく盛りつけ、花見の鯛を奉納した。
約800人が参加した食の祭典は、メインの試食・試飲の他、日本食をテーマにした各種ショーが開かれた。マグロの解体や、すしはコンテストと早食い競争が行われ、エンターテインメント性に富んだ趣向で参加者を楽しませた。コンテストは、河村泰隆さんが優勝。板前歴26年のベテランは「日本料理の基本に則って、一つひとつをていねに切って盛りつけ、見栄えをよくした。優勝は今後の励みになる」と述べた。
包丁式について、波多野会長は、大衆と皇室とのつながりを深めた大切な儀式であるとし「料理道の根源をなすもの。当地のほとんどの板前が見たことがないので、感激したと思う」と話した。参加者数が前年比で微減した食の祭典は「不景気にしては、よく来てくれたと思う。来年は、もっと来てもらえるように努力したい」と抱負を述べた。
会長は、当地の日本料理界の質の低下を懸念しており、食品衛生や技術指導などのJRAの啓蒙活動の強化に意欲を見せ「『アメリカ人向けの日本食』だからといって、何を出してもいいというのは通用しない。本物の日本食を広めたい」と話した。【永田潤、写真も】