カヌーで川を下るカヌーイストの第一人者である野田知佑氏による本「カヌー犬・ガクの生涯」を久しぶりに本棚から引っ張り出してみた。愛犬ガクとともに、アラスカ・ユーコン川をはじめ世界中の川をカヌーで下るエッセイだ。
厳しい自然とともに暮らす現地の人々は、ふいに現れた旅行者の野田氏とガクにとても優しい。大事な保存食を気前よく分けてくれたり、一晩の雨をしのぐ屋根を提供してくれたりする。「アラスカでは人は全力をあげて闘わないと生きていけない。便利な都市生活の中ではわれわれは持てる力の半分も使わずに生きている。それが文明生活のいいところだろう。しかし、ここでは100パーセントの力を振り絞らないと苛酷な自然に負けてしまう。アラスカの人々はこの地でそんな生活を愛情と誇りを込めてフルライフと呼ぶ」とある。自分は百パーセントの力を振り絞って生きてるだろうか、と自問した。
先日出張でシリコンバレーにある企業を訪問した。事前に所在地を確かめると、スイート番号がなく、一つの建物になっている。しかし家賃が高騰するシリコンバレーで、その企業単独でオフィスを借りられるのか大きな疑問だった。たどり着いて驚いたのは、確かにその所在地にあったが、一つの大きなオフィスを個別企業毎にパーティションで区切っただけで、隣の会社の会話も筒抜け。目印として、天井から各企業の名前が書いてあるパネルがぶら下がっている。しかし、訪問先の担当者によると、このスタイルは効率がいいという。仕切りがないので、開放的で、みなベンチャー企業なので、情報交換や人の紹介などが気軽に出来るという。
用件が終わり、帰りがけにふと見上げると、玄関の壁にはこのオフィスで起業し、大手企業に売却したパネルがびっしりと並んでいる。その数に圧倒された。統計では起業した会社のうち、3分の2が生き残れないという。このパネルの数だけ、起業した人間がいて成功したのだ。彼らもフルライフを生きたのだろう。
人生は一度きり。どう生きるかは個人の選択だが、後になって後悔することだけはしたくない。【下井庸子】