テレビ番組のドラマやニュースさえ見たくない時、野生の動物たちの生態を捉えたドキュメンタリーが、心を和ませてくれる。
 眼の端にとらえたテレビの画面に、いまだ飛べない2、3羽のひな鳥と母鳥がいて、晴れ上がった上空には鷹が円を描きながら飛んでいる。どうやらひな鳥を狙っているらしい。
 それに気付いた母鳥はひなをそこに残したまま離れた場所に移動して、突然激しく尾羽を打ち、羽の内側の鮮やかな羽の色を見せながらその場で羽ばたき、怪我のために飛ぼうとしながら飛べないゼスチャーを繰り返す。
 鷹は怪我をして簡単に捕まえられる母鳥を狙って急降下。母鳥は鷹を出来るだけ自分に惹きつけておいてすばやく叢に身を隠し、その間にひなたちも幼いながらに必死で近くの叢に身を隠し天敵の眼から逃れる。獲物を見失った鷹は再び上空に舞い上がり飛び去っていった。
 誰が教えたわけでもあるまいに、ひなは母親の動きを読んで見事な避難訓練の成果をみせた。素晴らしい自然の摂理である。一つ間違えば母鳥も鷹の餌食になったかもしれないが、身を挺してひなを守った母鳥に拍手を送ったのが一週間ほど前のこと。
 そして復活祭の朝のニュースは、新生児の遺体が住宅街のギャングウエーから見つかったという事件。
 まだへその緒が付いたままの男児の一生は母親の胎内にいた9カ月、命名されることも祝福されることもなく、産着はプラスチックの袋一枚。一条の光を見ることもなく闇から闇へ葬られた1人の人間の命を思うとき、母親の愛に助けられながら自らの命を守る術を学び、厳しい自然の中で育ってゆくひな鳥たちの何と幸せなことだろう。
 生れ落ちた子供を捨てた母親は、無知だったかもしれない。相談できる人もいなかったのかもしれないが、子供は突然生まれてくるわけではない。
 母親には数カ月の考える時間が用意されている。どうにもならないときには病院や消防署、教会などへつれてゆけば、一言の言い訳もいらない。その男の子の命は助けられたはずである。
 この母親は現在、殺人罪で捜査されている。【川口加代子】

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