やまと言葉が好きだ。たとえば漢語で満天の星と言うより夜空に広がる星の方がいいな。好きな言葉はたくさん。あけぼの、朝ぼらけ、あまた、淡い、あんのん、いくさ、いささか、いたわる、いつわり、射抜く、祈る、海鳴り、うらら、うるむ、おいとま、おぼろ、かすむ、気まぐれ、心残り、ことだま、さすらう、さびしい、さみだれ、ざわめく、しがらみ、しぐれ、したう、しなやか、忍ぶ、しのび泣き、たおやか、たおやめ、ますらお、たなびく、つのる、ときめく、なごり、なさけ、馴染み、なびく、秀でる、控える、引き潮、久々、吹きさらし、ふくよか、耽る、ふぶき、ぼんやり、まぼろし、安らぎ、やむにやまれぬ、夕暮れ、夕なぎ、夕まぐれ、よしみ、わびしい、ときりがない。
何とも美しいこういう言葉の情緒が育む日本人の感性と伝統的な美意識。逆にその日本人の感性でこそ味わい楽しめるこれらの言葉の情感。昔日本を去る時に、日本人が自然に持ち国に満ちているこの感覚世界を去ることに後ろ髪を引かれる思いがした。
先の例でも分かるとおり、やまと言葉には漢字は不要だ。字を見なくても聞くだけで意味が分かる。一方外来語である漢語、あるいは明治以降日本人が作った漢字語(現代の日本や中国、朝鮮半島で使われる漢字語は半分以上が日本製といえる)は字を見ないと意味が分からない例が多い。これは日本語の発音が漢語に比べ単純なので、中国に於いては発音や音声が違う字や語が日本語では同じ音になってしまった例が多発した背景がある。例えばあなたのシコウはとてもよい、とだけ聞いても志向、思考、指向、嗜好、施行、試行などのどれか分からない。聞いた時に日本人は前後関係から瞬時に当たりの漢字を脳裏に浮かべて意味を確定している。これは外国人が見たら脳の高等技術。漢字は外来種だが今は日本語に溶け込み便利な機能を発揮するものの、やまと言葉はそれ以前から有り今も生きている愛おしく素敵な文化財産。ただ、やまと言葉は日本の歴史で漢字と漢語が入りだしてから発展がそがれた。だが、やまと言葉は「しちゃった」「お月さん」など漢語や西洋語では出せない細やかで多様な色合いを表現できる優れもの。古来より日本人の心そのものだ。大切に使い続けたい。【半田俊夫】