メールボックスを開ける時はいつもほんのちょっぴり、ドキドキする。誰かが手紙を下さっているかも。そんな期待はほぼ失望に終る。最近は全てがEメールで手早く済むから。たまに手書きの手紙を受け取るとうれしい。筆跡には表情があり、心がのぞける。
 請求書ばかりのメールの中に運転免許証書き換え通告が入っていた。今の免許証をもらってから5年にもなるのだ。3度目の発行は本人出頭と書いてある。
 早速予約を取り、指定された日時にDMVに行く。昼前だったが、何と建物の周りぐるりと順番を待つ長蛇の列である。室内は多種多様の人々でごったがえしている。予約がある列さえ長い。
 20以上ある窓口では職員がテキパキと人々をさばいているが、待つこと40分。私の隣席に若い男性が座った。ふと見ると、なつかしい日本国パスポートを持っている。思わず話しかけると、3週間前、日本から来たばかりとか。今はホームステイをし、2年間大学でビジネスを専攻した後、親の仕事を引き継ぎたいと話してくれた。私は35年間、滞米ですと話すと、ベテランですねと驚かれた。
 自分の番が来て、書き換えは手早く進んだが、視力検査があるという。近年、黄斑症を患い、白内障手術も受けているので緊張する。持参の運転用メガネで検査文字が読め、無事にパスした。
 かの青年は、書類の不備で再度来なくてはならないと顔を曇らせた。「大丈夫よ、若いのだもの。頑張ってね」と言って別れた。
 暑い屋外ではまだ大勢の人たちが辛抱強く並んでいた。35年前、不安と期待に胸膨らませて列に並んだ若き日の自分の姿が重なる。米国生活を始めた理由は人さまざまだろう。結婚で、転勤で、留学で。滞米生活を自ら選択したわけでもない人もいるだろう。
 私はこの国で生きてみたかった。誰でも受け入れ、チャンスをくれる米国。そのふところの大きさが何よりありがたかった。
 「新しい免許証は届きますよ」検査官の声が耳に残った。後5年運転できる。
 初心を忘れず「自由の国、勇気ある者の国」の一員として働き、生きて行こう。
【萩野千鶴子】

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