
毘沙門グループ代表取締役
甲山貴明さん
小東京1街に行列のできるラーメン店「大黒家」はある。日本人だけでなく、店内はいつもさまざまな人種の客で賑わっている。オーナーで毘沙門グループ代表取締役の甲山貴明さんは同店のほか、日本料理店、洋食屋などを手掛け、現在当地で12店舗を経営している。今年1月には東京にも新たに1店舗をオープンした。甲山さんに、これまでの経営哲学や信条など話を聞いた。【取材=吉田純子】
ロサンゼルス行きを決意
行き着いたのは小東京
19歳から5年間飲食店で働き、そこでの仕事に区切りがついた24歳の時、「海外はどんなところなんだろう」。突然の思いつきから米国行きを決意した。何が出来るか分からない。しかしすぐに帰るつもりはなかった。荷物ひとつで日本を飛び出し米国へと向かった。
LAに到着した次の日には職探しをしていた。どこに行けばいいのか分からず、最初に行き着いた先が小東京だった。知り合いと落ち合い、日本食レストランでの職を紹介してもらった。甲山さんの米国での人生はこうして始まった。
泊まるところもなく、最初の給料がでるまでは店のオーナー宅に住み込みで働かせてもらい、独立するまでの5年間働いた。93年に、当時のオーナーから店を引き継ぎ、自身がオーナーとして店をオープンさせたのが30歳の時。「飲食業は日本でも米国でもしましたが、オーナーになってからはすべてが手探りでした」。コビナに今もある同氏の1号店は「Bishamon」と名付けた。
甲山さんのレストランにはインパクトのある店名が多い。「EBISU」、「大黒屋」、「多聞」。「上杉謙信が好きなんです。彼は自らのことを毘沙門天の生まれ変わりだと例えていました。店の名前には謙信が由来になっているのです」
毘沙門天は七福神のひとつでもある。ほかの店舗も七福神にあやかりネーミングを考えた。「多聞も毘沙門の別名なんです」
最初の店が火事に
「ここでやめられない」
順風満帆ではなかった。最初の店を開店し4年目に火事が発生した。軌道にのり始めた矢先の出来事だった。建物が100年以上経っており、損傷が激しく、修復に時間がかかった。
誰もが諦めかけていた。当時はその1店舗しか店はなく、ほかに出来ることがなかった。再建に向けて頑張るしか道は残されていなかったのだ。
「事故で辞めるなんて諦めがつかない」。常連客や従業員の姿が目に浮かび「ここでやめられない」という思いが日増しに強くなっていった。
「最初はみんな手伝ってくれましたが、資金の問題もあり、最後の方には自分でトンカチを持って直していたほどです」
1年の歳月の後、ついに復活の時はやってきた。1年間、ほかの仕事に就いていた従業員たちも再オープンと同時に戻ってきてくれた。「自分自身、もう無理なのかなと思っていました。そんな中、みんなが戻って来てくれた時は本当に嬉しかったです」
大黒家のヒット
ラーメンブームの到来
2002年に小東京にラーメン店「大黒家」をオープンした時の甲山さん
日本でホーロー看板や昭和らしいアイテムを買ってきて、小東京らしい内装にした。「小東京で斬新なニュースタイルの店を提案するよりも、昔の雰囲気をそのままに、昔ながらのラーメン文化を知ってもらいたかったのです」
当時、米国人のラーメンに対する知識は今とまったく違った。スーパーに行けばカップラーメンが数十セントで売られていた時代。米国人にとってラーメンとはカップラーメンのことだった。「なぜラーメンにこんなにお金を出さないといけないのか」。そう思う人がほとんど。ラーメンを知っている人、食べ方を知っている人は少なかった。
しかし好機が訪れる。同店をオープンした2000年初頭からインターネットの普及により、ブログなどのソーシャルメディアが流行り始めた。感想をブログに書く人が増え、「ラーメンってどんなものだろう」と来店する人が増えていった。「ブームを狙ってはいませんでした。たまたま到来した時代の流れにうまくぶつかったのです」。以降、大黒家の評判は瞬く間に広まっていった。
「人間として正しい道」
米国で培った経営哲学
ビジネスにおいて成功は利益をあげること。しかし甲山さんに、「勝てば官軍」という考え方はない。「たとえ負けても自分が納得し、正しいことが出来たがどうかが大事」と力を込める。
これまでにも負けはいくつも経験してきた。「ビジネスマンとしては自分は失格かもしれません。たくさん損をしてきました。でもビジネスとして正しいことを選ぶのか、損をしてでも人間として正しい道を選ぶのか。自分だったら絶対に後者を選びます」。この思いが経営哲学となっている。
「日本人による日本人街を」
日系社会のイベントにも参加
江戸千家ロサンゼルス不白会の茶会に出席し茶を味わう甲山さん
そんな甲山さんは日系コミュニティーのイベントにも積極的に参加している。江戸千家ロサンゼルス不白会の茶会では静寂な雰囲気の中、心の平安を養い精神のバランスを整えている。歌謡チャリティーショー「春・歌まつり」や小東京新春恒例の「米国版紅白歌合戦」では歌手として出場、その歌声を披露している。二世週祭では仲間たちと神輿を担ぎ、小東京に熱気を届け、祭りを盛り上げる。熱き大和魂を胸に秘め、今日も甲山さんは小東京を駆け巡る。