藤崎前駐米大使(後列左から2人目)、ライフ監督(前列右から3人目)、堀之内秀久・在ロサンゼルス日本国総領事夫妻(後列右から2、3人目)、南加日米協会のダグ・アーバー会長(後列右端)と上映会の参加者
藤崎前駐米大使(後列左から2人目)、ライフ監督(前列右から3人目)、堀之内秀久・在ロサンゼルス日本国総領事夫妻(後列右から2、3人目)、南加日米協会のダグ・アーバー会長(後列右端)と上映会の参加者
 「テイラーは日本が大好きでした。日米の懸け橋になるため日本に行ったのです」。
東日本大震災から4年目を迎えた11日、国際交流基金ロサンゼルス事務所(高須奈緒美所長)で、震災で犠牲になった英語指導助手テイラー・アンダーソンさん(当時24歳)の日本への思いを描いた映画「Live Your Dream 夢を生きる」が上映された。藤崎一郎・前駐米大使をはじめ、監督のリジー・ライフ氏も出席し、夢を生きた彼女の半生を振り返った。【吉田純子、写真も】

米国からの支援に感謝の言葉を述べる藤崎前駐米大使
米国からの支援に感謝の言葉を述べる藤崎前駐米大使
 テイラーさんは子どもの頃に日本文化に魅了され、小学生の頃から日本語のクラスをとり始めた。進学した高校には日本語クラスがなかったため、独学で勉強を続け、大学卒業後に日本政府の外国青年招致事業「JETプログラム」に応募。合格通知を手にし、憧れの「日本」での生活に胸ときめかせ、故郷バージニアを後にした。
 訪日後は宮城県石巻市の幼稚園、小、中学校で2年半英語を教えた。「人懐っこく陽気で、いつだって人気者」「みんな先生のことが大好きでした」。いたずら好きで友達を驚かすのが好きというやんちゃな一面もあったという。彼女のことを語る時、みなが笑顔になるのは、彼女が誰からも愛されていた証拠だろう。
 突然襲った東日本大震災で、テイラーさんは生徒全員の無事を見届けた後、津波に巻き込まれ帰らぬ人となった。震災で犠牲になった最初の米国人だった。
 映画は同じくJETプログラムの英語指導助手で岩手県陸前高田で亡くなったアラスカ州出身のモンゴメリー・ディクソンさん(当時26歳)の半生にも触れる。2人は心から日本が好きだったのだ。
 テイラーさんの遺族は「日米の懸け橋に」という彼女の遺志を継ぎ、「テイラー・アンダーソン追悼基金」を発足。集まった寄付金をすべて被災地の復興支援に充てている。教べんをとった石巻市の小中学校7校には本を寄付し、「テイラー文庫」と呼ばれる文庫も寄贈した。今、彼女の思いは引き継がれ、子どもたちの教育に役立てられている。
 本棚を制作した地元の木工作家・遠藤伸一さんは、3人の子どもを震災で亡くした。うち2人はテイラーさんの教え子だったという。
同作への思いを語るライフ監督
同作への思いを語るライフ監督
  ライフ監督は「テイラーさんのスピリットを後世に伝え、彼女の遺志を引き継ぐために映画を作りました。本作は彼女と、震災の犠牲者、遺族すべてに捧げた作品です」と話した。
 震災時に駐米大使だった藤崎氏は米政府との連絡、テレビ出演での状況説明、支援集会への参加など対応に追われた。上映会前のスピーチでは当時を振り返り、「米国からの支援に感謝したい『ありがとう』」と述べ、深々と頭を下げた。
 現在は日米協会の会長を務めるかたわら、今の元気な日本の姿を民間交流によって米国に広める「歩こうアメリカ、語ろうニッポン」プログラムの団長を務める。「国際交流と復興という観点からテイラーさんの遺志を今後も引き継いでいきたい」と力を込めた。
 上映後、観客からは「テイラーさんの日本への愛、誰からも愛された明るい人柄が伝わってくる作品」との声が聞かれた。
 「私が辛い時、いつも明るい言葉をかけてくれた。出会えて良かった」「今君に毎日感謝したい」。映画はテイラーさんを愛する人たちからの言葉で締めくくられている。

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