飯碗にご飯をつけ、箸で真ん中に穴をあけ、そこに生卵を入れる。醤油をかけて、かき混ぜる。箸でかっ込む。うまい!
卵料理は古今東西数々あれど、ほかほか白米に生卵をかけた「卵かけご飯」ほどおいしいものはないように思う。料理研究家によれば、卵の「粘り」と「鮮度」がおいしさの秘訣らしい。
卵黄には油が含まれている。卵黄の周りにある濃厚卵白が「粘り」のカギを握っている。これがドロッとしているとご飯に絡みやすくなる。
油がたっぷり入った卵黄と粘っこい卵白とがご飯粒と絡み合って独特の相乗効果が出るのだ。
生卵にはサルモネラ菌が多いとされている。米食品医薬品局(FDA)は卵を食べる際には加熱するよう呼び掛けている。
ところが近年、鶏卵生産・流通プロセスが改善され、サルモネラ菌に感染する卵を減らす企業努力がなされてきた。
その影響もあってか、最近、外国人向けネット上にも「T.G.K.=Tamagokake」(卵かけご飯)が「危ない魅力を秘めた日本料理」として紹介され出している。
日本人はいつごろから「卵かけご飯」を食べるようになったのか——。
定説では、日本人が「卵かけご飯」を最初に食したのは明治5年(1872年)。薬業界の大立者として知られた岸田吟香という人物だ。(大森洋平著『考証要集』、文春文庫)
吟香は、ヘボン博士の『和英語林集成』の印刷刊行を手伝ったのち、東京日日新聞の主筆を経て、ヘボン博士直伝の目薬の販売経営、中国での医療技術普及など幅広い分野で活躍した。洋画家・岸田劉生は吟香の四男だ。
「コロンブスの卵」ではないが、誰もやらなかったことを実行に移す吟香が「卵かけご飯」を豪快にかっ込む姿が目に浮かぶ。
FDAのご忠告もわからないわけではないが、今のところ「危ない魅力を秘めた日本料理」をやめるつもりはない。【高濱 賛】