カリフォルニアに住む利点はいろいろあるが、温暖な気候と周囲に広がる優しい自然もその一つだ。住宅はべら棒に高いが、一歩外に出れば適当なハイキングコースがたくさんあり、手付かずの自然を楽しめるのがいい。
 私の住む地域ではサンドキャニオンハイキングコースが手頃である。穏やかな丘陵を切り開いた長くて快適なコースだ。週末にはたくさんの人々が歩き、サイクリングし、犬の散歩をしと、賑わう。春は緑に埋まった丘陵のあちこちに黄色や紫の野花が見えたが、すぐに、見慣れた茶色に変わった。茶色でもさまざまな色のバリエーションがあり、青い空と幾重にも重なる茶色の丘陵風景には、独特の美が宿る。枯れた丘陵の奥深さは、わびさびの文化を理解する日本人には美しく映る。時々、豪邸が見え、コンドがあり、ゴルフコースや湖も見えたりして、人々の生活が遠景風景として眺められる。非日常から日常が俯瞰的に捉えられ、人間社会の縮図がつかめる。自然の真っ只中でも整備された駐車場、清潔なトイレのメンテナンスに米国社会の豊かさを思う。
 車で10分のラグナビーチには難関の上級者コースがある。こちらも週末は大人気である。ゴロゴロ道の急な坂を息絶え絶えに登ったり、うっそうと茂る大木をぬって、人一人がやっと歩ける一本道を行ったりする。日常から完全に切り離され、静寂な森林浴に浸る。でこぼこ道では、汗を流しペダルを踏む若きマウンテンバイカーたちに道を譲る。森林浴では森の奥からぬっと現れる人影に、声をかけ、ハチがいるよ、ヘビに気をつけて、などと互いの行く手の情報交換をする。見知らぬ者同士が優しい気持ちで出会えるのがいい。自然がわれわれをホモサピエンス(賢い人間)という動物に戻してくれるのかもしれない。
 体の血の循環が良くなると、漢字の多い日本語新聞もすんなり読める。世界情勢に興味を持つことは、自分を社会から切り離さないためである。歩くこと、新聞を読むこと。どちらも簡単なエクササイズである。健全な頭と体を維持するのに、これ以上効果的な方法があるだろうか。【萩野千鶴子】

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