「ハリウッドで日本の映画を撮りたい。それが僕の夢。まだまだ諦めてはいない―」。アクション俳優としてハリウッドでも活躍する千葉真一(サニー千葉)が1977年に出演した日本映画「ドーベルマン刑事(デカ)」が7日、ハリウッドのエジプシャン・シアターで上映された。千葉本人も登場しサインイベントのほか上映後の質疑応答にも出席。この日のために訪米した千葉に、本作の思い出や、映画への熱い思いを聞いた。【吉田純子、写真も】
千葉扮する加納錠治は凶悪犯罪を専門に扱う警視庁特別犯罪課の刑事。沖縄から来た主人公とあって、武器は「空手」。危険を顧みず凶悪な犯罪者に挑み、犯罪者たちから「ドーベルマン」と恐れられた加納の活躍を描くストーリー。千葉の大胆なアクションシーンも見どころの作品だ。
原作は漫画だが、映画は原作とはまったく違う作品に仕上がった。「深作さんはリアリティーのないものは撮らない監督。沖縄の刑事の人間ドラマで、人間味がとても出ている。沖縄から東京に出てきて一つの事件を必死に追いかけていく刑事が結局、世の中の縮図の中で寂しく帰っていく。豚を連れてね(笑)」。豚というのは加納が上京した際、東京の警察署に土産として沖縄から持ってきた豚のこと。沖縄では豚(アグー豚)がとても有名。結局、この土産(豚)を誰も受け取らず加納はペットとして飼うことになるのだが、屈強な加納が豚を優しく抱きかかえ奔走する姿が見る者の心を捉える。
豚を起用したのは深作のアイデア。「撮影で3カ月も一緒にいるととても愛着がわいて『(人間は)本当に豚を食べてしまうんだ』と思ってしまった」と質疑応答の際に語り、観客を笑わせた。
「深作監督は人間の扱い方が違う」と千葉。「嘘はやるな。嘘だと思われることはするな。でも(映画は嘘が多いから)『もしかしたらあるかもな』と思わせる芝居をしてくれ」と演技指導を受けたという。この深作の演出が加納という男を人間味溢れる人物に作り上げていった。
千葉は深作に特別な思いがある。深作の第1回監督作品が千葉の初主役映画となった。その後深作とは数々の映画を撮った。「あの監督と出会ってなかったら今の自分はなかったかもしれない。彼からたくさんのことを学んだ。彼は15年前に他界したが彼の後を継いで良い作品を作っていきたい」と力を込める。
千葉の演技哲学
「アクション=ドラマ」
映画界に入る前は日本体育大に入学しオリンピックを目指していたという千葉。スポーツ万能でスキー、乗馬、スキューバダイビング、小型飛行機の操縦などなんでもこなす。
空手は黒帯。千葉といえばそのアクションシーンで人々を魅了してきた。千葉のマーシャルアーツに影響を受けた映画人も多い。
「アクション=(イコール)ドラマ。アクションとはただの殴り合いじゃない。人を殴るのは憎しみから殴るのではなく、今ここにいては大変だから逃げるためにアクションをする、誰かのためにアクションをする、というようにアクションというのはドラマの中と一貫していなければいけない。人間が生きていく中でアクションは必然的に生まれてこなければならない。それが僕のアクション持論」と説く。
ハリウッドの技術で日本描きたい
今回、米国のファンを前に質疑応答に答え、サイン会も開催したが、「アメリカの人たちに会うのが一番怖い」と胸のうちを明かす。「ここは映像文化の世界最先端。多くの人が憧れる場所。だからここに来て映画界の人たちと交流する時が一番緊張する」
一方でハリウッドには千葉を敬愛する映画人も多い。クエンティン・タランティーノもそのひとり。タランティーノから熱いラブコールを受け出演したのが映画「キルビル」。彼が日本に来た時は朝まで酒を酌み交わし映画について語り合うのだという。
そんな千葉が今いちばん取り組みたいことは「監督」。「映画は監督のもの。これからは監督をやっていきたい。しかし僕の力ではまだハリウッドでは通用しない。ただ僕が監督をするならばカメラや照明はハリウッドの技術者で揃えて映画を撮りたい。ハリウッドは機材もよくすべてが違う」と語る。
ハリウッドの技術をもって千葉が撮りたいのは「日本」。東日本大震災の時、混乱のさなかでも互いを思いやる精神を決して失わなかった日本の人々に世界中から称賛の声が寄せられた。「これが日本人。僕は日本人であってよかったと思う。ここハリウッドでそんな日本を描きたい」
スクリーンで幾多も侍を演じハリウッドの映画人を魅了してきた男は、ここハリウッドで新たな夢に向かいサムライ魂を胸に勝負に挑む。