吉野彰氏に2019年のノーベル科学賞が授与される。テレビに映る吉野氏は一見、どこにでも居そうな好々爺だが、一旦口を開くと、別人である。研究に関するどんな質問にも懇切丁寧に、しかも、わかりやすく回答され、科学には無縁の私にも、なんとか理解できた。門外漢に難しい内容を易しく説明するのは、力がいる。その応答を聞いているだけでも、彼が卓越した研究者であると同時に、市井の人として、どれ程謙虚な人であるかが伺え、日本人として嬉しさが増した。こんな優れた研究者を見逃さないスエーデン王立科学アカデミー選考委員に敬意を表したい。
 吉野氏の応答の中で、「私の研究が一定の成果を上げた時、ちょうど良いタイミングで他の研究者の別の成果が上がった。だからこそ、それに結びつけ、自分の研究がはっきりした結果に結びついた」、と言われていた。今回の受賞は3名の共同受賞だ。その意味は、米国のウイッティンガム氏がリチウム利用の電池開発に早い段階から着手し、グッドイナフ氏がコバルト酸リチウムを正極に使って大きな電圧を得ることに成功し、吉野氏がこの正極を元に、特殊な炭素材料を負極として組み合わせ、リチウムイオン電池の基本構造を確立した、という連携だ。ソニーにより実用化されたこの小型で高性能の2次電池はスマホやラップトップの普及に大きく貢献した。
 先日、日本の作曲者から、まだ出版前の新曲を歌ってみてほしいと突然のオファーを受けた。混声四部のユニットを4人で結成したばかりだが、我々のコンサートを聴いた作曲者から、創った合唱曲が実際にどういう響きになるのか、演奏してみてほしいという依頼だった。手書きの楽譜を頂き、4人で練習し、ピアノと合わせる。我が家の食卓テーブルにスマホを置き、ピアノを囲って演奏した。それを日本で作曲者がライブでスマホで聴く。その後、意見交換。物理的距離を超え、小さなスマホ一つで創造の作業を手伝う。吉野氏の開発したリチウムイオン電池のおかげがここにもあった。【萩野千鶴子】

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