囃子保存会はねぶた2台を所有しており、今年は3年ぶり3回目の登場の「津軽海峡 義経渡海」(竹浪比呂央さん作)を運行させた。大太鼓の合図で出陣だ。大きな体を揺らしながらゆっくりと前進。厳つい顔つきで睨みを利かせながら時折、立ち止まる。沿道に向きを変えて前後に2、3度頭を振るお辞儀をすると、大きな歓声が上がった。囃子の演奏に合わせ、ハネトが元気よく跳ね「ラッセラー」と叫び、大観衆は大喜び。一緒に跳ね出す飛び入りのハネトも見られ興奮は最高潮に達した。
青森からは、三菱系の企業で構成するねぶた振興会「青森菱友会」と、青森明の星短期大、青森中央学院大、青森大の3大学から学生15人と教職員4人が参加。引率した青森明の星短期大の学長石田一成さんによると、学生の参加は3年連続。学生たちは海外研修として、全米日系人博物館を訪問し日系史などを学んだり、ジャパンハウスでは施設を見学して海部優子館長の講話を受けるなど国際感覚を身につける重要性を知ったという。石田さんは「学生たちは海外、アメリカに来ることだけでもいい経験になり成長する」と参加の意義を強調。国際性と英語の学習意欲が芽生えるとし「英語を毎日聞いて、刺激になったことだろう。ここに来れば英語が必要ということを一番分かったと思う」と述べ、今後の毎回参加に意思を示した。
青森中央学院大3年の前田光希さんは今回が初の来米。小さい頃から地域のねぶた囃子で笛を吹き、大学入学後は学内の囃子のグループで活動し、その仲間たちと今回参加した。前田さんは、ねぶた祭りで毎年行われる笛のコンテストで5年前に優勝した腕前を持つ。今回はLAねぶた囃子会とともに音を合わせ「みんなとても頑張って練習していることが分かった。そしてみんな楽しんでいて、私も楽しんで吹くことができてうれしい」と笑顔で話した。
本番で前田さんは、一歩一歩踏みしめながら歩いたレッドカーペットについて「短かったけど感触は最高で、眩しいライトに照らされて気持ちよかった。レッドカーペットの上を歩いて自分の笛がハリウッドで鳴り響いている喜びと感動で全身が震えた。青森の言葉で、本当に『じゃわめいた(全身全霊で興奮する)』」と話した。
週末に集まって練習を重ねた囃子は、ハネトととともに地元各所のイベントに招待され、パフォーマンスを行い日本文化の紹介に努めた。青森ねぶた祭にはメンバー8人を送り、本場で演奏したことで自信を深めた。その直後の二世週祭には今年もフロート2台で臨むなど忙しい夏を堪能した。秋には懇意にする青森菱友会創立30周年記念行事に会長らが参加し祝った。その時に展示されていた幅約1・5メートルの小型ねぶたの譲渡を願い出ると、ねぶた師の竹浪さんから思いがけない制作を提案され、断る理由はなかった。新作ねぶた「織田信長」は、来夏の二世週祭までには届くといい、メンバーの発奮材料になることは間違いない。
豊島会長はまず、ハリウッドパレードを振り返り、日本からの加勢でさらに活気づいたとし「青森からの学生と各ねぶた会のヘルプが定着して賑やかになっている。お客さんにも喜んでもらえた。この調子を続けたい」と述べた。ただ、ねぶたの照明にトラブルが発生したことを悔やみ「お客さんに申し訳ないことをした。これを教訓にしたい」と反省した。今年全体の活動は「囃子会のメンバーはみんな頑張ってやってくれたので、ばっちりだった。言うことなし」とたたえた。来年へ向け「東京オリンピックがあるので、日本と青森にとって大切な年になる。ねぶたは国立競技場のオープニングイベントでも披露されるので、われわれも負けずに頑張って、アメリカ人に日本文化の良さを伝えて、日本に行きたい気持ちなってもらいたい」と抱負を述べ、日本各所と青森の観光促進にもつなげる考えを示した。【永田潤、写真も】