デメトリオス・パパデメトリオ氏(中央)によると、新型コロナで移民に関するあらゆるプロセスが影響を受けている
 先進国では経済の再開が徐々に始まり、周囲もやや落ち着きを取り戻したかのように見える今、ふと世界に目を向けてみると、新型コロナウイルスのパンデミックに対して免罪符を持つ国はどこにもないということが分かる。

 地球規模の人の移動、アマゾンの熱帯雨林、飢餓のホットスポットなど、元々から問題を抱えている世界の地域に、新型コロナウイルスが及ぼしている影響はいかなるものか。各方面の専門家が見識を示す講演会をエスニック・メディアが主催した。
 パネリストは、ワシントンDCの「ミグレーション・ポリシー・インスティチュート(MPI)」創設者兼名誉社長のデメトリオス・パパデメトリオ氏、「アース・イノベーション・インスティチュート」創設者兼社長のダン・ネプスタッド氏、「ブレッド・フォー・ザ・ワールド」ポリシー・スペシャリストのダルシー・ガムボア氏の3人。

世界中で人の移動が停滞
労働移民は先進国から帰国

 世界規模の移民問題に強いデメトリオス・パパデメトリオ氏は、新型コロナウイルスに影響を受ける移動の全体像を示した。第一に、多くの国の国境が封鎖され、旅行が制限されていることで、世界中で人の移動が停滞している。移民に関するあらゆるプロセスが影響を受けている。移民を保護するシステムも、亡命も、ほとんどが止まっている。旅行ができないことから、家族の呼び寄せも止まっている。多少の動きがあるのは労働移民で、主に医療分野のエッセンシャルワーカーが国際間を移動している程度である。
 大恐慌と比較される先進国経済の今後3〜6カ月の動向を注視する必要がある。そして、発展途上国の経済はどうなっていくのか。
 発展途上国は、先進国に出稼ぎに出た労働移民が本国に送金する仕送りに大きく依存している。「ところが、世界銀行の試算によると、この送金額が1420億ドル少なくなると見込まれている」と、パパデメトリオ氏は話す。
 もう一つの大きな動きは帰国移民である。一例として、新型コロナウイルスの影響で、ルーマニアには7週間で130万人が帰国した。米国入国を希望して南の国境付近に集まっていた移民や亡命者も、帰国させられ、人数が少なくなっている。
 これまで、先進国は活発に移民を受け入れてきた。特に、国外からの農作業員は「得られないと困る」労働力であった。だが、今後はどうか。
 パパデメトリオ氏は、「新型コロナウイルスが、各国の移民難民政策に変化をもたらすかについては、先進国の経済状況を注視しなければならない」と言う。米国は6兆ドル、日本とドイツは1・2兆ドル、他のEU諸国も1兆ドル以上をコロナウイルス対策として拠出している。経済に陰りが見えれば、移民政策が見直される可能性も出てくる。
 感染の被害が大きかったイタリアでは、この機会にステータスのない60万人の住民を、いっそ合法にしてはどうかといった議論が出てきているという。「ただ、このような動きが米国には当てはまるかと言うと、難しいだろう」

改善必要な熱帯雨林地域
流通機構は不安定で不衛生

新型コロナの熱帯雨林への影響について説明するアース・イノベーション・インスティチュート社長のダン・ネプスタッド氏
 なぜ熱帯雨林が大事で、心配しなくてはいけないか。熱帯雨林には温室効果ガスの吸収や地球冷却の機能があり、ウイルスを含む多種多様な生物の住みかにもなっている。ところが、最近は森林が減少し、地球に変化をもたらしている。すべてのことはつながりあっている。
 このように切り出して、ダン・ネプスタッド氏は、新型コロナの熱帯雨林への影響について話し始めた。
 アマゾンでは昔から、土地が乾いたところで森を焼きはらい、耕作地として豆やコメ、バナナややさまざまな農作物を作る「焼き畑農業」を行っている。巨大な森の一部を焼いても森は長い周期の中で再生するので、持続可能な農法として伝統的に行われてきた。
 アマゾン南部は7月以降に焼き畑の季節を迎える。煙により空気の質が悪くなり、普段でも、ぜん息などの呼吸器系疾患が増える時期である。今年は大気汚染の中で新型コロナに感染した人が新型肺炎を悪化させ、死者が増えると心配されている。ブラジルのアマゾナス州の州都、マナウスからの報告でも、医療機器は最低限なので人工呼吸器や酸素ボトルなどが足りないという。「今年は昨年ほど干ばつがひどくないので、焼畑が森林火災に発展する危険が少ないのがせめてもの救いだ」とネプスタッド氏は言う。
 また、もともとアマゾン地域の流通システムは不安定かつ不衛生で、ローカルのファーマーズマーケットに頼っていたが、市場が新型コロナの影響で閉鎖されて、物の流通が止まってしまった。農産物も魚も狩猟肉も、売ることができず、そのため、何かを買う金もできず、食糧難が起こっている。これからは、都市部の人々が食べ物のある田舎の出身地に戻るなど、大きな人の移動が起こると見られている。
 新型コロナウイルスで浮き彫りになった不安定な流通機構の問題点は、今後改善されていくべき点である。一方で、不衛生な水上マーケットや食用野生動物の売買は、先住民の伝統や文化に配慮すべき一面もある、とした。
 ネプスタッド氏は研究のために数年間アマゾンに暮らしていた時に、正体不明の感染症を発症したことがある。現地の研究所に一帯で知られるウイルスのカタログがあり、森林独特の昆虫に由来するウイルス性の病気だと分かった。治療法はなかったが幸いに健康を取り戻した。このような方面を研究することで、「今後、発生するかもしれないウイルスのまん延を予測できるかもしれない」と話を結んだ。
 
「飢餓の大流行」を予測
途上国で感染死より危険

 国連の世界食糧計画は、新型コロナの影響で今年の末までに食糧難に苦しむ人の数が2倍の2万6500万人に上るとし、「飢餓の大流行」を予測している。
 そこにはアンゴラ、スーダン、南スーダン、イエメン、コンゴ、アフガニスタン、エチオピア、シリア、ナイジェリア、ハイチなどの国々が含まれる。
 ダルシー・ガムボア氏は、「新型コロナ感染症で命を落とす前に飢餓で亡くなる危険が高まっている人々がいる」と強調した。栄養不良で免疫力の低い人にとって新型コロナウイルスはさらに危険である。ガムボア氏の組織は連邦議会に国連世界食糧計画に対する120億ドルの追加支援金を要請している。
パンデミックは発展途上国にも広がると予測されている。世界の諸リーダーは自国のことばかりでなく、パンデミック対策の不可欠な部分として途上国の危機に対処していく必要があり、誰もが地球人として、影響を受ける人々のことを考える必要があるだろう。新型コロナウイルスに最も影響を受ける弱者は、私たちのコミュニティーの外側にもいる。【長井智子】
新型コロナの影響で前年比25%増の救済が必要な地域を示した世界地図

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