【三木昌子】 勤め先の全米日系人博物館で夕刻、夜の催しの準備をしていた時、入り口に近づいてくる人影があって、イベントに早く到着したゲストだろうか、と思ってドアに向かった。
 施錠を解いてドアを開けると黒人の男性が、コミュニティーの私のよく知る人の名前を挙げて「彼はここにいるだろうか」と聞く。「彼の勤め先は小東京だが、ここではないのです」と返答すると、「僕は高校の同級生で、最近ロサンゼルスに戻ってきたんだ」と言う。高校というともう40年近くは会っていないはずで、この先また彼らが出会う機会があるのかどうかは私には分からなかった。「あなたがいらしたことをテキストで送っておきます」と彼の名前を書き留めようとしたが、聞き取れず、代わりにビデオを撮らせてもらって、男性の電話番号と一緒にすぐにテキストを送った。すると、少ししてから「高校時代の親友だよ!」と返事が来て、2人をつなげられたことに安堵(あんど)した。
 安心したと同時に、自分が取ったかもしれない振る舞いを考えて、ぞっとした。入り口のあたりに近づく人が見えたとき、無意識にその「
」を見て一瞬、警戒した。その前日に、道端ですれ違いざま黒人の女性に怒鳴りつけられた記憶がいまだ鮮明だったからと言い訳ができるのかもしれないけれど、自分が自然に人種を見たことが情けなかった。
 私たちが生きる社会の人種差別は、多くが構造的な差別に根ざしていて、私個人が偏見を持たなくなっても、この社会にある差別が自動的に解消されるわけではない。それについて「不平等な体制を維持させる、私たちの感情の力を過少評価してはいけない」と記すのはム・ジヘ著、尹怡景訳「差別はたいてい悪意のない人がする」。その書名が示す現実を認めるには、勇気がいる。
 「悪意のない人」とは私のことであって、差別の多くは、私たちが日々何気なく口にする冗談や習慣や態度や体制の中にある。無意識の行動は、意識的に悪意を持って行う行動よりも変えづらい。だからこそ一つ一つの行動が変革の機会でもある。

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