作家の村上春樹氏が、2009年にイスラエルで最高の文学賞であるエルサレム賞の授賞式に参加しました。70年以上も続く中東戦争の当事国であるイスラエルからの招待でした。村上氏は受賞の演説で、「見ないようにするよりは、自分の目で見ることを選ぶ。何も言わないよりは話すことを選んだ。小説を書いているときに常に心に留めていることだ。壁がどれほど正しくても、卵がどれほど間違っていても、私たちは卵と一緒に立っています」と話しました。
 話された瞬間には理解も反論もできないほどに美しく見事な例えで、壁に囲まれた「天井のない監獄」であるガザ地区に住む人々の現状に対する自分の考えを表明しました。政治的な思惑と、宗教的な争いに翻弄されるエルサレムで、イスラエル批判のような発言をすることが、世界から戦争を無くすために考え抜いた一人の作家としての行動であったのだと思います。
 アフガニスタンで銃撃に倒れた中村哲医師が残したのは、「正義・不正義とは明確な二分法で分けられるものではない。あえて、変わらぬ大義と呼べるものがあるとすれば、それは弱いものを助け、命を尊重する事である」という言葉でした。中村医師の言葉にこそ、真理があります。
 どのような時代でも、政治体制でも、戦争をしたいと思う指導者はいません。土地や財産の取り合いで自分をコントロールできなくなった指導者が、武力を使って現状の破壊を試みるのです。戦争当事国を支持し、武器は送ると言う国もありますが、強引な武力解決を試みれば、被害を受けた家族や友人を失った恨みは何世代にも引き継がれて、分断の火種を残してしまうでしょう。戦争状態にある側のどちらかの国を支持すると宣言するのは、平和には無関心な指導者の言葉だと思います。
 たとえ宗教や文化、歴史や価値観が違っていたとしても、同じ土地で平和に暮らしていくことはできるはずです。人類には、どうしたら平和になるのかを考え続けるミッションがあるのだと思います。そう、「平和」の反対は「戦争」ではなく、「無関心」なのですから。(アサクラ ユウマ)

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