
2016年、Keiroは看護と介護を提供していた4カ所の所有施設を売却し、在宅生活を送る日系米国人・日本人高齢者および介護者の生活の質(QOL)の向上を目指す支援活動にかじを切った。地域に根差したプログラムやサービス、助成金提供を柱とする運営への転換から10年目となる今年、当時日系社会で賛否を呼び、議論となった施設売却の経緯と、現在のKeiroの意義のある活動について、べバリー・イトウ代表兼CEOと、日本語を話す前理事の藤田喜美子顧問および由香里ロバーツ理事が、それぞれの立場から語る。Keiroは今年、トーレンスにメモリーケアと生活支援を提供するボード&ケアホーム「Keiro桔梗(ききょう)ホーム」を開設し、日系社会の未来へ向けた新たな一歩を踏み出す。
薬剤師から管理・運営へ
イトウ代表兼CEO

私が初めてKeiroを知ったのは1970年代、祖母がKeiroナーシングホームに入居していた頃です。74年、南カリフォルニア大学(USC)の薬学部に入学する前に、日系のシティービュー病院(85年廃業)で夏の短期の仕事に応募しました。その夏は、Keiroナーシングホームの事務室で働く機会を与えられ、そして秋に薬学部に入学すればシティービュー病院の薬剤部に異動できるという話でした。まさか、その夏の短期の仕事から52年も続くとは、当時は想像もしていませんでした。
74年から2016年まで、私はKeiroでさまざまな役割を担いました。薬局インターン、薬局長、コンサルタント薬剤師、Keiroナーシングホームのアシスタント管理者、「Keiro中間介護施設(ICF)」の管理者、そしてKeiroサービスの最高コンプライアンス・プライバシー責任者などです。
特に、薬剤師から管理・運営部門への転身は、私のキャリアにおける最も大きな変化でした。薬剤師時代は、主に看護師や医師との関わりが中心でしたが、管理部門に移ってからは、入居者の方々、家族、あらゆる部署の職員、そしてボランティアの方々と交流する機会が一層増えました。こうした人々とのかかわりは、私に大きなやりがいを与えてくれました。

コロナ禍でのICF閉鎖
入居者の支援に全力
16年のKeiroの施設売却時、私は売却先のパシフィカ社が所有する新しい経営体制の下でICFの管理者として留まることを選択し、21年8月に深刻な財政難のため施設が閉鎖されるまで勤務しました。コロナ禍とICF閉鎖は、私の人生において、公私共に最も困難な時期でした。
21年8月、日系米国人と日本人が多く入居するボイルハイツにある「さくら中間介護施設」が閉鎖された後、当時KeiroのCEOだったジーン・カナモリ氏に、Keiroで特別な任務を担当する役職の話を持ちかけられました。この役職を通して、以前のICFの入居者、そして他の施設に移られたKeiroの元入居者の支援に集中することができたのです。
そして私は、さまざまな施設において、個人的な訪問や文化に配慮した活動を調整し、元入居者の生活を豊かにするために、日本のお菓子や「希望リスト」に基づいた活動用品を提供しました。現在もKeiroは、「さくらガーデンズ」「敬愛ロサンゼルス」「敬愛サウスベイ」「アサートン・バプテスト・ホームズ」「ホレンベック・パームズ」、そして「日系シニアガーデンズ」の入居者に対し、日本文化に配慮した活動や祝日のお祝いのための資金援助を続けています。

施設での介護提供終了
高齢者の在宅生活支援
施設売却後、Keiroの理事会は施設を主体とした介護の提供から、ロサンゼルス、オレンジ、ベンチュラ各郡に在住する数千人の日系米国人および日本人高齢者の在宅生活支援へと、組織の方向性を転換しました。カナモリ氏がKeiroの代表兼CEOを務めていた間、在宅での生活を希望する高齢者のニーズを支援できるよう、いくつかの重要なパートナーシップを構築しました。これらのパートナーシップには、「癒しケア」(プロビデンス・ヘルス・アンド・サービスとの提携)、メンタルヘルスおよびクライアント支援(リトル東京サービスセンター=LTSCとの提携)、「クラブ元気」(イースト・サンゲーブルバレー日系コミュニティーセンター=ESGVJCCとの提携)などがあります。
同時に、Keiroは助成金プログラムや日系シニアネットワークなど、いくつかの重要な地域密着型プログラムも開発しました。これらのプログラムは、高齢者や介護者を支援する地域団体、寺院、教会、社会グループにリソースとサービスを提供しています。これらの主要なプログラムとパートナーシップにより、地域社会で生活することを希望する高齢者や介護者が、日系米国人および日本の文化を反映したリソースを利用できるようになりました。
そして、カナモリ氏が22年末に退任した後、私は23年1月1日付で代表兼CEOに就任しました。
地域社会に耳を傾ける
自宅で老後を過ごしたい
実際、施設を売却後、理事会と諮問委員会のメンバーは、「世代を超えて誰もがより健康で充実した生活を送ることができるコミュニティーを築く」というKeiroの戦略的ビジョンを再構築するために、計画的な取り組みを進めてきました。
私たちのビジョンを実行に移す第一歩は、地域社会の皆さんに新しい戦略的ビジョンを理解していただくことでした。私たちは日本語を話すコミュニティーを含む地域社会の皆さんの声に耳を傾けるために、精力的に活動しました。例えば、高齢者や介護者の具体的なニーズを把握するために、地域全体を対象としたアンケート調査を過去数年間で2回、実施しました。これらの調査は、メディア、広告、対面イベントなどを通じて、日系米国人コミュニティーと日本人コミュニティーに広く周知しました。Keiroにとって、これらの調査を実施する際に日本語を話すコミュニティーを含めることは非常に重要でした。最終的に回答者の約20%が日本語のアンケートに回答しました。

23年の地域ニーズ調査と24年の認知症ケア調査の結果を分析したところ、明確なテーマが浮かび上がりました。高齢者の大多数は、住み慣れた地域や自宅で老後を過ごしたいと考えているということです。高齢者にとって、交流したり、食事を楽しんだり、活動に参加したりできる近隣のコミュニティーセンターや組織がいかに重要であるかが強調されました。健康状態が変化し、より高度なケアや認知症サポートが必要になった場合、多くの人が「家族、友人、そして慣れ親しんだコミュニティーの近くにある介護施設を希望する」と答えています。
同時に、理事会と諮問委員会のメンバーは、より広範な業界動向、特にメディカル(Medi—Cal)に関連する償還モデルの変化、最低賃金の上昇や継続的な人員不足といった深刻な労働力不足などについても検討を続けました。これらの全てを考慮し、広範な議論を経て、理事会は私たちのコミュニティーのさまざまな地域で展開可能な、持続可能なグループホームのモデルを開発することを決定しました。
25年初頭、Keiroは、トーレンスに「Keiro桔梗ホーム」と名付けられたKeiro初のグループホーム開設のための建物を購入したことを発表しました。現在、大規模な改修工事と許認可手続きを進めていますが、26年初頭には最初の入居者を迎えられることを期待しています。
「Keiro桔梗ホーム」は、世代を超えて誰もがより健康で充実した生活を送れるコミュニティーを築くという私たちの取り組みの一環です。私たちは高齢者向けプログラム、介護者向けプログラム、地域社会向けプログラムも拡充してきました。例えば、24年には「アクティブ・エイジングフェア」を開催し、25年には「元気リビングワークショップ」を開催しました。これらのイベントは、アクティブに年齢を重ねる高齢者の新たな世代の間で、つながりを育み、健康的なライフスタイルを促進することを目的としています。イベントでは、ピックルボール、ウォーキング、ゴルフ、ヨガなどのアクティビティーが紹介され、参加者が新しい趣味を見つけ、同じ趣味を持つ人々と交流することを促しました。そして今年は、ガーデニング、ウォーキング、料理、工芸をテーマにした「元気リビングワークショップ」をさらに4回開催し、地域社会の高齢者の生活を活性化し、力を与え、豊かにするための取り組みを継続していきます。

日本人社会の支援継続
助成金、2カ国語を提供
Keiroは、特に日本語を話す地域社会のメンバーにとっての「インクルージョン(社会的包括)」を深く重視しています。近年、私たちは「高齢者を守る会(Koreisha Senior Care & Advocacy=KSCA)」や南加庭園業連盟などの主要パートナーとの関係を強化し、失われたつながりを再構築し、高齢者支援に対する共通の取り組みを再確認しました。さらに、私たちはKSCA主催の「健康フェア」、資金集めのためのバザーなど、多くの日本人コミュニティーのイベントを支援しています。前述した「癒しケア」、LTSCとのメンタルヘルスプログラム、ESGVJCCとの「元気クラブ」といった主要プログラムでは、これらの提携団体が日英バイリンガルスタッフを配置し、日本語を話す高齢者とその介護者が母国語で文化に配慮された支援を受けられるようにしています。また、16年以来、Keiro助成金プログラムは、地域社会の高齢者や介護者にサービスを提供するコミュニティーセンター、教会、寺院、舞台芸術団体、その他の団体に計350万ドル以上を投資してきました。これまで、関西クラブ、チャランポランの会、NALC USA、OC Friendship Choir、さくらコーラス、オレンジ郡日系協会、南加県人会協議会、LAメンズグリークラブ、ミッションバレー・フリーメソジスト教会の日本語部など、多くの日本語グループが助成金を受けています。これらの助成金は、日本語を話す高齢者とその介護者を将来にわたって支援するための地域社会インフラを強化するのに役立っています。

新年を迎えるにあたり、Keiroの創立65周年を祝うとともに、創設者のビジョンとレガシーを受け継ぎ、私たちのコミュニティーが尊厳、自信、そして目的意識を持って年齢を重ねていけるように、尽力していきたいと考えています。特に、「Keiro桔梗ホーム」のグランドオープンをはじめ、将来のボード&ケアホームの展開機会をさらに探求していくことに、大きな期待を寄せています。また、対面でのプレゼンテーション、「元気リビングワークショップ」、各種カンファレンスなどを通じ、高齢者支援・介護者支援のプログラム、パートナーシップ、ネットワークの充実にも力を注ぎます。あらゆる世代の人々がより健康で充実した生活を送れるコミュニティーを創造していくことに、何よりも大きなやりがいを感じています。

藤田さん「身が引き締まる思い」
理事の任期満了、顧問に
Keiroの理事に私が就任したきっかけは、夫の旧友で、当時理事長を務めておられたゲイリー・カワグチ氏からの依頼でした。そして、2016年に日本語を解する初の理事として理事会に参加しました。
もともと義父がKeiroのナーシングホームでお世話になっていた際、スタッフの皆さんによる温かいケアに深く感謝していました。そこで、日本語でのサポートを必要とする日系社会の方々に奉仕し、恩返しがしたいとの思いから、カワグチ氏の依頼をお引き受けしました。
理事として活動した9年間は、私の人生の中でかけがえのない経験となりました。英語力の限界を感じることは多々ありましたが、先駆者である日系人の皆さんが、かつて「この国から出て行け」などと、今日では考えられない罵声を浴び、「我慢」や「しょうがない」を口癖にし、収容所生活を強いられるなど、想像を絶する差別に耐えてこられた受難を思えば、社会に奉仕できる自分がどれほど恵まれた環境にいるかを痛感する日々でした。
現在、ドジャースの大谷翔平選手をはじめ、世界で活躍する多くの日本人が高い評価を得る時代となりました。まさに隔世の感がありますが、そこに至るまでの道のりに、先人たちの努力と辛抱があったからこそ、現在の日本と日系社会の繁栄があると信じてやみません。私たちのバックボーンとして歩んでこられた諸先輩方に心から敬意を表すとともに、残していただいたこの素晴らしい日系の遺産を守り、感謝の念と責任をもって次世代に継承したいと思います。
理事としての自分が微力であることを理解しつつも、皆さんに支えられながら、昨年無事に任期満了を迎え、安堵感でいっぱいでしたが、このたびKeiroから新たに顧問に任ぜられ、新年から身が引き締まる思いです。
断腸の思いの施設売却
理事会は慎重に判断
それまでに先人たちが築き上げてこられた素晴らしいKeiroの施設を手放すという決断は、私が参加する以前の当時の理事会にとって断腸の思いであったと想像します。残念ながら日系社会に対し、売却に至った十分な説明がなかったことも一因となり、当時は地域の多くの方々がその決断を受け入れ難く、理解しにくいと感じていたことも事実です。
しかし、売却から10年という歳月を経て、当時の理事会のリーダーシップがいかに先見の明に富んでいたかを示す結果が、さまざまなプログラムや活動を通して明確に表れています。日系米国人の皆さんにも、日本人コミュニティーの皆さんにも、少しずつその判断の背景を理解していただけるようになりました。
反対運動が最も激しかった頃には、全理事がボランティアで利益供与は皆無であったにもかかわらず、売却金の使途に関する根拠のない噂が広まりました。多くの会合を持ち対話を重ねても、批判や誤解が次々と生じておりました。
理事会は、施設の売却に反対する人々との公開討論は行わないことに決め、代わりとして在宅介護を支援するプログラムの確立に集中することにしました。しかし、その沈黙が「不透明」と受け取られ、誤解を深める要因となりました。理事会自身も、当時もっと地域社会に説明し、対話を行う余地があったことを認めています。

同じルーツを持つ日系米国人と日本人の間に深い溝が生じたことは、私にとって非常に悲しい出来事でした。私は過去10年間、オレンジ郡日系協会の会長としてボランティア活動を続けてまいりました。理事同士に意見の違いがあっても、常に「会員の皆さんに喜んでいただくこと」と「地域社会に貢献すること」という二つの目標を中心に置き、活動してきました。その経験があったからこそ、Keiroが当時大切にしていた「地域社会のために最善を尽くし、使命を果たすことに専念する」という姿勢をよく理解することができたのです。
当時、Keiroが所有していた四つの施設には合計600床ありました。これは、カリフォルニア州で4番目の大きさの規模を誇る医療施設に相当していました。そのため、理事会のいかなる判断にも、専門家の綿密なリサーチと慎重な議論、専門家からのアドバイスが必要で、医師や弁護士、薬剤師、介護の専門家、ファイナンスのプロ、事業を手広く行う会社経営者などで構成される多様な理事会のメンバーやコンサルタントの知見が生かされていました。
一方、音楽教室経営という異なる分野に身を置く私にとって、これら第一線のプロフェッショナルから得た有益な学びは、今後の奉仕活動に役立つと信じています。Keiroが施設売却後、シニアケアの専門機関としてどれほど主体的に取り組んできたか。これは理事として関わって初めて理解したことでした。その事実を今こそ皆さんにお伝えしたいと思っています。
反対派とは協力関係に
共通の目的を持って
施設売却後10年が経過し、世代交代や寄付活動、助成金獲得の難しさが増す中でも、Keiroはシニアの生活向上を目指し、日本語を必要とする方々に寄り添い、癒しケアの提供や日英バイリンガルサポート、諸団体への助成金授与などを実施しています。シニアとその介護者のサポートを軸にした活動は地道ですが、高齢化が進む日系社会での意義が理解され、その存在がコミュニティーに浸透しつつあります。「敬老の日」のイベントでは、高齢者400人以上を招待し、ボランティア、スタッフ、出演者を合わせた600人に楽しい時間を提供しました。さらに、介護者向けのカンファレンスを2度開催したり、最大の課題である認知症ケアにも先進的に取り組んだりしています。
かつて対立していた反対団体は、デイケアセンターの運営や介護ホームの建設を目指した活動に力を注いでいます。私たちの活動を理解いただき、かつての大きな溝はなくなりました。両者は「シニアの皆さんのために」という共通の目的を持っていますので、互いの活動を尊重し合いながら協力できる関係が築かれつつあることを、心からうれしく思っています。
今後は、次世代の若者に日本人の心と、他者を思いやる気持ちを受け継いでいただき、日系人と日本人のコミュニティーがお互いに尊敬と敬愛の念を持ち、「One World」の精神で共存共栄する社会を目指していくことを願ってやみません。
日本語でボランティアを
「おもてなし」の心で
本年始めにメモリーケアを備えた小規模のボード&ケア「Keiro桔梗ホーム」がトーレンスに誕生します。創立65周年の節目を迎えるKeiroの新たな時代が幕を開けるのです。これは、現代のライフスタイルに対応した地域コミュニティーのニーズに応える取り組みです。今後さらに多くの地域に広がることが期待されます。
日本語を生かしたボランティア活動を通じて、ぜひ日本人の皆さんにもKeiroの活動に参加いただければ幸いです。言葉のハンディはなく、日常で使っている日本語こそが「強み」です。日本人の「おもてなし」の心で接していただきたいです。
Keiro理事には日本生まれのバイリンガルである由香里ロバーツさんもおられます。私は新顧問として、ロバーツさんと力を合わせ、顧問の役目を全うする所存です。皆さんと共に先人が残してくれた思いやりの精神を次世代へとつなぎ、そして日本の素晴らしい文化と心を広げ、皆で力を合わせて歩んでいく時代にできればと希望します。
日系人と日本人社会の懸け橋に
由香里ロバーツさん
日系米国人コミュニティーと日本語を話すコミュニティーをつなぐことを目的に活動しており、両者の懸け橋として、Keiroのさまざまなプログラムや取り組みを通じて文化交流を促進し、相互理解を深めることに努めています。
また、コミュニティーリーダーとしてのKeiroの使命と活動を支援しています。主な役割は、コミュニティーの成長を支援し、連携を深め、コミュニティーに貢献することです。そのために、コミュニティーの声に耳を傾けて課題や目標を明確にし、外部の関係者と連携しながら、コミュニティーの利益を伝え、協力関係と結束を築くことに力を注いでいます。
私自身、10年以上にわたり母の介護をしてきた経験から、同じような立場にある方々が直面する課題や困難を深く理解しています。この経験を生かし、Keiroにおける介護者支援や地域社会への働きかけを、より一層強化していきたいと考えています。

