息子からメッセージが入った。「羽田で火事みたいだけどまだ家出てないし俺は大丈夫」。
 何かと思ったら日本時間2日夕方、羽田空港C滑走路ではJAL機が海上保安庁の航空機に衝突して大きな炎を上げていた。そして息子は23時のANA便で羽田からニューヨークに飛ぶことになっていた。
 事故が人ごとではなくなり、ロサンゼルスの私は結局朝まで、SNSやインターネットを駆使してことの成り行きを追った。燃えるJAL機の映像をABEMAニュースがライブで流し続ける。搭乗者379人は全員無事に避難したと伝えていたが、機体は激しく燃え続け、黒焦げになり焼け落ちている。国交省の会見。JALの会見。いったいどうしてこんな事故が起きたのか。やがて機内や避難時の様子を写した動画が報道され始めた。窓から炎が見え、煙が入ってきても、機内は驚くほど落ち着いていた。3カ所の出口から脱出シューターを使って避難が行われた。
 欧米の新聞は翌朝この18分の避難劇を「奇跡」とたたえたが、それはまさしく私のせりふ。彼らは実際、大惨事と紙一重、死と隣り合わせの場所にいた。東日本大震災被災地の日本人の行動が「冷静で礼儀正しい」と海外に報道された時の記憶と重なる。乗務員が落ち着いて誘導したこと、乗客がパニックに陥らず「パニックコントロール」ができたこと、そして荷物に執着しない原則に従ったことなどが良かったという。
 379人が起こした奇跡の感動は今も私に続いている。つい先日は日本のごみ出しの細かいルールに「付いていけない」とボヤいたが、JAL機で見せたこの日本人気質は素晴らしい。亡くなった海保の5人の方々には心よりご冥福をお祈りし、事故再発防止を願う。そして乗客を守った150億円ともいわれる機体に「ありがとう」も。
 さて結局息子はどうなったかというと、超繁忙期の空港は夜のうちに再開し、息子はANAから21時40分付「東京羽田空港では―他社機の事故により一時的に滑走路を閉鎖していましたが、滑走路の運用を再開いたしました(原文そのまま)」というちょっと引っ掛かる言葉遣いの案内を受け取り、2時間遅れで出発してニューヨークに無事到着した。(長井智子)

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